戦国の古文書解読辞典「あ」

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  1. 凡例
  2. 相・総・・・あい
  3. 相・・・あい
    1. 相拘・・・あいかかえ・あいかかう
    2. 相携・・・あいたずさえ
    3. 相計・相謀・相図・・・あいはかり・あいはからい・あいはからう
  4. 間物・・・あいもの・あいのもの
  5. 障泥・・・あおり
  6. 勝計・・・あげてかぞう
    1. 不可勝計・・・あげてかぞうべからず
  7. 浅猿・浅増・奇異・・・あさまし
  8. 預所・・・あずかりどころ・あずかりしょ・あずけしょ
  9. 朝臣・・・あそん
  10. 能・・・あたう・よく・よき
  11. 与・・・あたう・あたえる
  12. 恰・宛・・・あたかも
  13. 扱・噯・・・あつかい
  14. 梓弓・・・あづさゆみ
  15. 天晴・・・あっぱれ
  16. 宛行・充行・・・あてがい・あてがう・あておこなう
    1. 宛行状・充行状・・・あてがいじょう・あておこないじょう
  17. 案内・・・あんない
  18. 穴賢・・・あなかしく・あなかしこ
  19. 剰・・・あまつさえ・あまっさえ・あまりさえ
  20. 諍・・・あらかう・あらかい
  21. 非・・・あらず
  22. 荒増・・・あらまし
  23. 有・・・あり・ある
    1. 可有・・・あるべき
    2. 可有・・・あるべし
    3. 可有限・・・あるべきかぎり
    4. 有間敷・・・あるまじ
    5. ありけり
    6. ありける・ありし・ありつる・ありながら
    7. 有様・・・ありさま・ありよう
    8. 有体・有躰・・・ありてい
    9. 有無・・・ありなし
    10. 難有・・・ありがたし
  24. 彼此・彼是・・・あれこれ・あちこち・かれこれ
  25. 或・・・あるいは・あるは
  26. 案・案文・・・あん・あんもん
  27. 安堵・・・あんど

凡例

  • 当ページは戦国時代の史料でよく用いられる用語のうち、「あ」で始まる単語を扱ったものである。
  • 当サイトで用語辞典を扱う目的は、主に当サイト上の「織田信長の年表」ページに掲載する翻刻の内容を理解しやすくするためのものである。
    従って、一般的な古語辞書とは異なり、簡便な内容に留めている。
  • 見出し語は便宜上、現代仮名遣いで記す。
    例えば「越度」は「をちど」ではなく「おちど」とするため、「お」の項で扱う。
  • 用例は原則として新字体で記す。
  • 史料は充て字や異体字、方言など非常に多岐に渡るため、全てを記すことは困難である。
    従って当サイトの判断で、便宜上記すものとそうでないものを区別するものとする。
  • 例文は個人的に好例と判断したものを選んだため、時代や地域に偏りがある。
  • 中には当サイトの不勉強による誤った解釈や読み下しもあるため、参考程度に留めていただきたい。
  • 必要に応じて削除し、また加筆・修正を加えるものとする。

相・総・・・あい

(意味)

総じて、総合して

(備考)

「相人数」・「相鉄砲」の場合は、総人数・鉄砲の総数の意。

相・・・あい

接頭語として用いる「相」は、それ単体で特別な意味を持たないことが多い。
動詞や名詞に「相」をつけることにより語調を強める、あるいは調える際に用いられる。
例)相分かった。相まみえて。など

 (備考)
接頭語は他にも「打(うち)」・「罷(まかり)」・「差・指(さし)」などがある。

相拘・・・あいかかえ・あいかかう

(意味)
①保管しておくこと。抑えておくこと。

②閉じ込めること。

③よく守っておくこと。

例文1)『(元亀二)十二月二十三日付木下秀吉書状(石清水文書)』

石清水八幡宮田中御門跡御領年貢、諸成物等、堅可相拘候、双方へ納所候而者、不可然候、来春可罷上候条、其刻可相済候、以上
       木下藤吉郎
 十二月廿三日   秀吉(花押)

  城州狭山郷
    名主百姓中

(書き下し文)
石清水八幡宮田中御門跡御領の年貢・諸成物等、堅く相拘うべく候。
双方へ納所候ては、然るべからず候。
来春に罷り上るべく候条、そのきざみ相済ますべく候。以上(以下略)

相携・・・あいたずさえ

(意味)互いに手を取り合う。互いに協力すること。

相計・相謀・相図・・・あいはかり・あいはからい・あいはからう

(意味)相談する。何かを企てる。そのように事を運ぶ。そのように根回しをすること。

間物・・・あいもの・あいのもの

(意味)
①鮮魚と干し魚の中間の状態。塩魚の類。

②小さい土器のさかずきの名。

 (備考)
ある事柄の中間に催されるものを指す場合もある。

障泥・・・あおり

(意味)
馬具。雨の時に用いる物で、鞍の下から掛けて敷き、泥の飛び跳ねを防ぐ毛皮製の覆い。
馬の両脇に垂らした皮状のもの。
のちにこれが飾りとして発展した。

 (備考)
歴史的仮名遣いで「あふり」。
「足(あ)触(ふ)り」を語源とする。

例文) (天正七)五月七日付織田信長黒印状『松倉文書』『賜蘆文庫文書』

就帰陣、早々申越候、仍障泥二懸到来候、悦入候、殊拵之趣情入候、別而志之段相見候、次松倉面令在陣之間、猶以馳走専一候也、
    五月七日            (織田信長黒印)


     佐久間玄蕃殿

(書き下し文)
帰陣に就きて、早々と申し越し候。
仍って障泥二懸到来し候。
喜び入り候。
殊に拵えの趣き、情に入り候。
別して志の段相見え候。
次いで松倉面に在陣せしむるの間、猶以て馳走専一に候なり。(以下略)

勝計・・・あげてかぞう

(意味)
一つ一つ具体的にとりたてること。
取り挙げて数える意。

 (備考)
音読して「しょうけい」とも読む。

不可勝計・・・あげてかぞうべからず

(意味)
(上記の意味を踏まえた上で)言うまでもないこと。
または、問題とすることがあまりにも多いことを指す。

 (備考)
不及子細(しさいにおよばず)」や「不及申(もうすにおよばず)と同じ意。
「不勝計」で「あげてかぞわざる」と読む。

例文) 『(元亀四)二月二十九日付織田信長書状(永青文庫所蔵文書)』

芳簡殊に十二ヶ条之理共具聞届候、被入御精候段、不勝計事ニ候、
 (芳簡、殊に十二ヶ条のことわりともつぶさに聞き届け候。精を御入られ候段、あげてかぞわざる事に候。)

語訳:細川藤孝殿よりの十二ヶ条からなる条書を洩れなく拝読しました。あなたが精を入れて奔走なされていることは、筆舌に尽くしがたいほど嬉しく存じます。

※芳簡(ほうかん)は書簡を尊敬語にした語。
相手から届いた書簡に敬意を払う際に用いる。貴札や御札に同じ。

浅猿・浅増・奇異・・・あさまし

(意味)浅ましいこと。嘆かわしいこと。興ざめ。または驚嘆すること。

 (備考)
例文) 『多聞院日記』 天正三年七月二十五日条より

御ナヘト金吾ト祝言今日在之云々、浅猿ヽヽ
 (御なべと金吾(松永久通)と祝言。今日これ有ると云々浅まし浅まし。)

預所・・・あずかりどころ・あずかりしょ・あずけしょ

(意味)「雑掌」の項を参照のこと。

朝臣・・・あそん

(意味)
①公卿のうち、三位さんみ以上の姓の下、四位の名の下につけて呼ぶ敬称。
三位以上の者は自称にも用いる。
例)「権大納言藤原朝臣言継」

 (備考)
もとは「朝臣(あそみ)」と呼んだが、中世以降に「あっそん」と呼ぶようになり、転じて平安時代以降に「あそん」と定着した。
あそみは吾兄臣あせおみの略。もとは天子が臣下を親しんで呼ぶ語。
天武天皇13年(684)に定められた八色之姓やくさのかばねの第二位。

例文) 『建内記』永享十一年六月六日条より

後聞、北畠中将持康朝臣為伊勢国司北畠故中将子、小生也、在国小生之間、伯父僧還俗相代在京、当時中将顕雅朝臣也、而進発大和国致軍忠在陣之時分也、爰有種々浮説、令恐怖歟之由風聞、御退治進発勢州云々、実否可尋記、後聞、非其儀、大覚寺前門(主脱カ殿御坐勢州、依為被退治申被仰彼所了、顕雅朝臣自和州日(同カ)向之、長野同可向之、

(書き下し文)
後聞、北畠中将持康朝臣(木造持康)、伊勢国司(故北畠中将=北畠満雅)の子、小生(幼少)なり。小生の間は在国し、伯父の僧還俗げんぞくし、(国司に)相代わり在京す。当時は中将顕雅(のちの大河内顕雅)朝臣なり。然して大和国へ進発し、在陣・軍忠致す時分なり。ここに種々の浮説有り。恐怖せしめ、かの風聞の由)御退治のため勢州へ進発と云々
実否を尋ねるべく記す。
後聞、その儀にあらず。
大覚寺前の門主(大覚寺義昭ぎしょう)殿勢州に御座。
仍って退治なさるためと申し、かの所を仰されおわんぬ
顕雅朝臣、和州(大和国)よりこれに向かい、長野(長野満高カ)もこれ向かうべく・・・

能・・・あたう・よく・よき

(意味)
①~できる。成し得る。可能を表す語。
②相応しいこと。

 (備考)
しばしば打消しの意である「不」を伴い「不能(あたわず)」と表現される。
①の意ならば、不可能や成功する見込みがないことを表し、②の意ならば、相応しくないことを表す。


なお、この字は「よく」と訓読する場合もある。
能々(よくよく)」など

与・・・あたう・あたえる

(意味)
自身の所有物を他者に渡すこと。
または他者へ影響を及ぼすこと。

(備考)
他に「与(~と)」をはじめ「くみす」・「とも」・「あずかる」・「よ」などの読み方がある。
なお、「与」の旧字は「與」であるため、「興」と誤読しないように注意する必要がある。

恰・宛・・・あたかも

(意味)
まるで、ちょうどその時。
のちに続く語に「~のようだ」が入ることが多い。
まるで~のようだ。

 (備考)
「宛」は書簡を出す際や知行を与える際に用いる「あて」や、数を割り当てる際に用いる「~ずつ」と読む場合があるので注意。

扱・噯・・・あつかい

(意味)
育児・看護・後見などの世話をすること。
転じて調停や仲裁、和睦の斡旋を意味するようになった。

 (備考)
語源は「熱かふ」の連用形から。
古代の用語で熱に悩み、もだえ苦しむ様子からきている。
転じて、処置に苦しむ様子や、もてあますことを指すようになり、中世では世話を焼くことを指すようになったと考えられる。

例文) 『島記録』

覚へ、此状嶋才兵衛所ニ在之、
覚へ、天正元年八月十八日、朝倉最期、同廿八日浅井久政切腹、同廿九日長政最期、長政ハアツカヒニテノケ給約束也シカ、信長公高キ所ニアカリ居テ、赤尾美作、浅井石見ヲ隔テサセイケドルヲ見テ、長政ハ家ヘトリ入、切腹トソ、

(書き下し文)
覚え
この状、島才兵衛所にこれ在り。
覚え
天正元年(1573)八月十八日、朝倉(朝倉義景)最期。
同二十八日浅井久政切腹。
同二十九日長政(浅井長政)最期。
長政は扱いにて退け給う約束なりしが、信長公(織田信長)高き所に上がり居て、赤尾美作(赤尾清綱)、浅井石見を隔てさせ、生け捕るを見て、長政は家へ取り入り、切腹とぞ。

梓弓・・・あづさゆみ

(意味)
あづさの木で作った弓。
アズサの木は古来より神聖なものと考えられていたので、神事で広く用いられた。

 (備考)
アズサの木は現在のアカメガシワ・キササゲ・ヨグソミネバリのこと。
梓弓を鳴らして神おろしを行い、巫女が口寄くちよせなどを行うようだ。
また、武家にもなじみが深いもので、古くから和歌でよく詠まれたものである。

例文1)『細川両家記』『陰徳太平記』

梓弓張りて心は強けれど引く手すくなき身とぞなりぬる (細川澄之和歌)

例文2)『衆妙集』

ねがはくば家に伝へむ梓弓もと立つばかり道を正して (細川幽斎和歌)

天晴・・・あっぱれ

(意味)
驚くほど見事である様子。
(善悪に関わらず)感動を表す語。
ほめたたえる時に用いる語。
また、雲一つない晴天を表す。

 (備考)
感動詞の「あはれ」が促音化したもの。
公家などの日記には天候が記されることが多く、「天晴」も頻繁に見られる。

宛行・充行・・・あてがい・あてがう・あておこなう

(意味)
①物や土地を割り当てること。

②計らい。配慮。方法。

③扶持や生活費のこと。

宛行状・充行状・・・あてがいじょう・あておこないじょう

(意味)
中世武家社会において、土地や所職の給与を取り決める際に、給与者が作成して被給者に交付した文書のこと。
証文・証書の類。
充文(あてぶみ)ともいう。

 (備考)
基本的には「あてがいじょう」と読むが、「あておこない」でも間違いはないようだ。
戦国期にも頻繁に見られる文書である。

案内・・・あんない

(意味)
①先例のこと。以前の判例を用いること。

②書状の下書き、草案のこと。

③人を招待したり招くこと。

④取り次ぐこと。

⑤人をその道や場所に導くこと。

(備考)
無案内
中古の日本では撥音「ん」を書き表さないのが普通である。

例文1) 『(元亀三)五月二日付織田信長書状(小早川家文書)』

仍大友宗麟、累年京上望之由候、此比も雖被覃案内候、其方与別而申通半候条、令遠慮、未能返答候、可有如何候哉、

(書き下し文)
仍って大友宗麟、累年上京の望みの由に候。
このごろも案内に及ばれ候といえども、其方と別して申し通ずる半ばに候条、遠慮せしめ未だ返答に能わず候。
如何あるべく候や。

穴賢・・・あなかしく・あなかしこ

(意味)
「穴(あな)」は古代期からの語で、自然の声から生じた強い感動を表す言葉。「ああ」。
「賢」は「かしこし」を語幹とし、以下の意味がある。

①おそれ多い。

②もったいない。

ゆめゆめ。よく慎み気を付けて。

転じて書簡の書留部分に添える文言として定着し、「謹言。」・「畏れ慎んで申し上げます。」を表す意味合いで用いられた。

 (備考)
「ああ」は多く形容詞の語幹の上に置かれるが、熟合して「あな憂(う)」・「あなかま」などのように慣用句となったものもある。
⇒「賢・恐・畏・可祝・・・かしく・かしこ
⇒「畏・賢・恐・怖・・・かしこし

例文1) 『(推定天文十五年)三月二十九日付近衛稙家書状(薩藩旧記雑録)』

去年為使左大辯宰相着下候処、別馳走之段、祝着此事候、抑對貴久忠切無比類之由、於家門本望候、併国中安寧基候、弥無油断義肝要候也、穴賢ヽヽ
  三月廿九日    (近衛稙家花押)

(書き下し文)
去年使として左大弁宰相(日野町資将)を差し下し候ところ、別して馳走の段、祝着この事に候。
そも貴久(島津貴久)に対し忠節比類無きの由、家門に於いては本望に候。
併せて国中安寧の基に候。
いよいよ油断無きの由、肝要に候なり。穴賢穴賢

語訳:去年使として日野町資将(左大弁宰相)を差し下したところ、格別のもてなしを受けたとのこと。まことにありがたいことである。島津貴久の忠節は他に並ぶものがないほど素晴らしい。これからも油断することなく分国安寧のために励むことが肝要である。あなかしく。稙家。(推定天文15年1546)3月29日 本田薫親殿へ

例文2) 『顕如上人御書札案留』(永禄十)十一月七日(織田信長宛)

今度濃州勢州平均事、無比類次第候、仍可有御上洛之由尤珍重候、就中太刀一腰一文字、赤熊□唐衣裳三、虎草二枚、馬一疋青毛推進之候、猶上野法橋可令演說候、穴賢々々

(書き下し文)
この度濃州・勢州を平均の事、比類無き 次第に候。
仍って上洛有るべきの由、もっとも珍重に候。
就中太刀一腰(一文字)・赤熊□唐衣裳三・虎革二枚・馬一疋青毛、これを推してまいらせ候。
なお上野法橋(下間頼充)演説せしむべく候。穴賢穴賢

剰・・・あまつさえ・あまっさえ・あまりさえ

(意味)
そのうえに。
そればかりでなく。
おまけに。

 (備考)
「あまりさへ」が促音化した語。

例文) 『大乗院寺社雑事記』応仁二年十一月十七日条より

今出川殿今度自伊勢御上洛以後、就内府事不及御對面、次郎法師沙汰次第以下、物忩義共時々在之、御用心故歟、去十五日御遂電、田村一人被召具、御座在所未聞、希代事也、

(書き下し文)
今出川殿(足利義視)この度伊勢より上洛以後、内府事に就きて御対面に及ばず。
あまつさえ、次郎法師(赤松政則)、沙汰次第以下、物騒の儀ともに時々これあり。
御用心ゆえか、去十五日に御遂電
田村一人を召し連れられ、御座在所は未だ聞かず。
希代の事なり

諍・・・あらかう・あらかい

(意味)
①争うこと。言い合い。いさかうこと。

②反論すること。否定すること。

非・・・あらず

(意味)
①そうではない。違うこと。

②相手の言葉を打ち消す際に用いる語。

 (備考)
漢文訓読として多くは返読し、「非〇〇(○○にあらず)」と読む傾向にある。
例)
「非尋常」・・・尋常にあらず
「非其儀」・・・その儀にあらず
など

例文) 『(天正元)十月二十八日付毛利輝元書状(別本士林証文)』

態令啓達候、抑御退座以來早々可致言上之處、冤角罷過所存候、仍就御入洛之御儀、對信長申遣之候之條、於被成御許容者、可爲都鄙安泰之基候哉、御故實肝要候、次銀子三枚令進上候、猶安國寺・柳澤可被申述候、恐々謹言
   十月廿八日      輝元(判)


     一色式部少輔殿
           御宿所

(書き下し文)
わざと啓達せしめ候
そもそも御退座以来、早々言上致すべきのところ、とかく罷り過ぎ所存にあらず候。
仍って御入洛ごじゅらくおん儀に就きて、信長(織田信長)に対しこれを申し遣わし候の条、御許容なさるるに於いては、都鄙安泰の基たるべきの候や。
御故実肝要に候。
次いで銀子三枚進上せしめ候。
猶安国寺(安国寺恵瓊)・柳澤(柳沢元政)申し述べらるべく候。恐々謹言(以下略)

なお、「非儀」・「是非」・「非分」などのように音読して読まれることも多いので注意が必要である。

荒増・・・あらまし

(意味)
①予期。願望。計画。

②あらすじ。概略。ざっと。おおよそ。

 (備考)
語源について『新選 古語辞典(中田祝夫編)』には以下のように記されている。


動詞「あり」の未然形に反実仮想の助動詞「まし」の付いた語か。中古には多く「あらましごと」「あらましやう」などの形で用いられた。近世には③の意味で(ひととおり・ざっと)副詞的に用いられることもある。

  中田祝男(1984)『新選古語辞典』小学館

有・・・あり・ある

(意味)
①物や事、人物などが存在すること。
例)「栗生分、浄土寺白川の内にこれあり。」

②生存すること。生活していること。
例)「江州小谷に浅井なる者ありけるに・・・」

③栄える。世に存在を認められること。
例)「土岐世保家、ありし時の記録を辿るに・・・」

④それでも悪くない。それでよいの意。
例)「短くてありぬべき生涯であった。」

⑤敬語名詞に付いて敬語動詞となる。
例)「御受戒あり。」「御祈あり。」「仰せあり。」

可有・・・あるべき

(意味)
(前記の意味をふまえた上で)適当な。なすべき適当な。
もっともであること。

 (備考)
例文) 『顕如上人御書札案留』(元亀三)六月三十日付

久令無音候、其表長々籠城之衆、可為退屈候、雖然此筋簡要之儀候間、各無越度様可被加下知候、爰元方々調略之子細候條、追而可申越候、義景近日可有出馬由候、彌可被示合事専用候、就中鉄炮藥三十斤進之候、任所在計候、委曲上野法眼可申伸候間抛筆候也、穴賢、
   六月三十日  — —

   浅井備前守殿

(書き下し文)
久しく無音せしめ候。
その表長々籠城の衆、退屈たるべく候。
然りといえども、この筋簡要の儀に候間、おのおの落ち度無きよう下知を加えらるべく候。
爰元方々を調略の子細に候条、追って申し越すべく候。
義景(朝倉義景)近日出馬あるべき由に候。
いよいよ示し合わさるべき事専要に候。
就中鉄砲薬(三十斤)これをまいらせ候。
所在に任すばかりに候。
委曲上野法眼(下間頼充)申し述ぶべく候間、筆を抛ちなりあなかしく(以下略)

可有・・・あるべし

(意味)適当であること。そうあるべきであること。

 (備考)
例文) 『(天正元)九月二十日付北畠具豊書状(伊勢市大湊支所保管文書)』

信長しゆいんを以被申候儀、をのヽヽ如在なく其うけ可申候、さためて本所よりもかたく御申つけ可有、仍舟之儀事、かたくくわなまて申可つく候、委細掃部可申候、恐々謹言、

(書き下し文)
信長朱印を以て申され候儀、各々如在無くそれを受け申すべく候。
定めて本所(北畠具房)よりも堅く御申しつけ有るべし
仍って舟の儀の事、堅く桑名まで申し付くべく候。
委細掃部(津田一安)申すべく候。恐々謹言

可有限・・・あるべきかぎり

(意味)この上も無く。できるだけ。

有間敷・・・あるまじ

(意味)
あってはならない。適当でない。
またはありそうもないこと。

 (備考)
例文1) 『(元亀三)六月二十五日付松井友閑書状(真珠庵文書)』

急度申入候、仍大徳寺領之事、縦雖被出棄破朱印、不混自余旨被仰出候、然而今度賀茂境内申事就有之、使僧被差下、被仰理候処ニ、弥不可有異議之由、御書被進候、此上者各御違乱有間敷候、則木藤・塙九へも申届候、可被成其御心得候、恐々謹言、

(書き下し文)
急度申し入れ候。
仍って大徳寺領の事、たとい 棄破朱印を出さるといえども自余に混せざるの旨仰せ出され候。
然してこの度賀茂境内に申す事これ有るに就きて、使僧を差し下され、仰せことわられ候ところに、いよいよ異議有るべからざるの由、御書をまいらされ候。
この上は、おのおの御違乱有る間敷く候。
則ち木藤(木下秀吉)・塙九(塙直政)へも申し届け候。

その御心得をなさるべく候。恐々謹言

語訳)
取り急ぎ通達する。
大徳寺領のことは、例え無効とする朱印状を出されても、信長は先例とは混同せずに取り扱うとの仰せである。
そして、今回賀茂社の境内に問題が起きたので、信長が使僧を派遣して道理を説いたが、その方たちは少しも異議がない旨の御書を送られた。
そうであるから、もはやこの上は誰も不法行為をしてはならない。
この件は木下秀吉と塙直政にも伝えたので御分別されたい。

例文2) 『(元亀元)五月十日付毛利輝元書状案(長防風土記)』

追而御状拝見候、我等官途付而、被成下御内書之由候、誠有間敷御事、面目之至候、信長御入魂之故候、旁以拝面可申述候、恐々謹言、

(書き下し文)
追って御状拝見し候。
我ら官途に付きて御内書を成し下さるるの由に候。
誠に有るまじき御事おんこと面目の至りに候。
信長御昵懇のゆえに候。
かたがた拝面をもって申し述ぶべく候。
恐々謹言

ありけり

(意味)
①過去の事がらを伝聞として第三者に述べること。
そのように聞いた。~だということだ。~だそうだ。~らしい。
例)「その昔、彼の地に京極の館ありけり。」

②詠嘆として「~だった。」「~だったなぁ。」を表す。
例)「あはれ前関白殿下の御曹司、今も薩摩にこれありけり。」

ありける・ありし・ありつる・ありながら

(意味)前の。以前の。例の。

 (備考)
「あり」の連用形に助動詞「けり」の連用形をつけたもの。
「ありし」は「あり」の連用形に過去の助動詞「き」の連体形が付いた語。
「ありつる」と同様、「以前(の叙述)にあった」の意であるが、「ありつる」は「ありし」よりも近接した以前のことを表す。

有様・・・ありさま・ありよう

(意味)
①様子。状態。振る舞い。

②ありのまま。実情。実際は。本当のところ。

 (備考)

例文) 『(天正元)十月二十五日付塙直政書状(伊勢市大湊町振興会所蔵文書)』

   尚以道具之事、氏実被預候ハヽ、随其以代物可被召ニ、若非分なる儀にて其方ニ候ハヽ、又随其何之道ニも無理ニ可被召置候儀無之候、有様可被申候、此外不申候、
内々其筋目無事候、

急度申候、仍氏実茶湯道具当所在之事必定旨申ニ付て、津掃被遣候、有様ニ被申不被進付てハ、可為曲事由御意ニ候、具掃部可被申候、恐々謹言
  十月廿五日      塙九郎左衛門尉
                  直政(花押)

      大湊中

(書き下し文)
急度申し候。
仍って氏実(今川氏真)の茶の湯道具、当所在の事必定の旨、申すに付きて、津掃(津田一安)を遣わされ候。
有様に申さず、まいらされずに付きては、曲事 たるべき由の御意に候。
つぶさに掃部(津田一安)に申さるべく候。恐々謹言
 (中略)
 尚以て道具の事、氏実(今川氏真)へ預けられ候はば、その随、代物を以て召さるべし。
もし非分なる儀にて、其の方に候はば、またその随、いずれの道にも無理に召し置からるべく候儀、これなく候。
有様を申さるべく候。
この他は申さず候。
内々その筋目無事に候。

有体・有躰・・・ありてい

(意味)ありのまま。世間並み。

 (備考)
「躰」は「体」の旧字。

有無・・・ありなし

(意味)
あることとないこと。あるかないかということ。
また、あるかないかわからないほど微かなさま。

難有・・・ありがたし

(意味)
①めったにないこと。

②めったにないほど優れていること。

③生きながらえることが困難であること。

④実現できないほど困難なこと。

⑤またとなく尊いこと。かたじけないこと。

 (備考)
今日ではもっぱら⑤を指すことが多いが、原義は存在することが困難なことを指す。
「難有仕合」の場合は「ありがたきしあわせ」と読む。

例文) 『(天正元)九月二日付十月二十五日付小松原正勝書状(興敬寺文書)』

御注進之様躰、具被遂披露候、殊更銀子四文目御進上候付而、上野法眼へ同五分具申聞、即御返事被申候、尚以相心得可申入由候、此方彌 (闕字)御門主様御堅固御座候、別而可御心安候、次私へ同三分被懸御意候、遠路不輙義、御懇志難有無冥加存候、旁期御参候、恐々謹言、

(書き下し文)
御注進の様体つぶさに披露を遂げられ候。
ことさらに銀子四匁御進上候に付きて、上野法眼(下間頼充)へ同じく五分具申し聞かせ、即ち御返事を申され候。
尚以て相心得申し入るべきの由に候。
此方 いよいよ (闕字)御門主様(顕如)御堅固に御座候。
別して御心安かるべく候
次いで私へ同じく三分御意ぎょいに懸けられ候。
遠路容易たやすからずの儀、御懇志有難く冥加無きに存じ候。
かたがた御参を期し候。恐々謹言。

彼此・彼是・・・あれこれ・あちこち・かれこれ

(意味)「彼是(かれこれ)」の項を参照のこと。

或・・・あるいは・あるは

(意味)
①二つ以上の要素を例示的に並べて「ある人は。」「ある時は」などと用いる。
例)「越智近日出陣すべしうんぬん。国中十方と相語らう。あるいは泉州へ出陣すべしとうんぬん。あるいは京都西方に罷り上るとうんぬん。」

②選択の接続詞として用い「または、」「もしくは、」を表す。

 (備考)
現代では上記以外の用法のほかに、同位並列の二単語を接続する目的で用いる場合もある。
例)「長さ9cm、あるいは10cmか。」

「或(あるいは)」の「ある」は「あり」の連体形。
「い」は副助詞。
「は」は係助詞。
「い」が助詞のため、「あるひは」と書くのは誤り。

例文1) 『信長公記』 首巻より

一、去程尓武衞様の臣下尓梁田彌次右エ門とて一僕の人有、面目巧尓て知行過分尓取、大名になられ候子細ハ、清州に那古野彌五郎とて十六七若年の人数三百計持たる人あり、色々歎き候て、若衆かたの知音を仕り淸州を引わり、上総介殿の御身方候て御知行御取候へと時々宥申、家老の者共尓も申きかせ、耽欲尤と各同事候、然間、彌次右エ門、上総介殿へ参、御忠節可仕之趣、内々申上尓付て、御満足不斜、時、上総介殿御人數、淸州へ引入、町を焼沸生城尓仕候、

(書き下し文)
去程に武衛様(斯波義統)の臣下に梁田弥次右衛門とて一僕の人有り。
面目巧みにて知行過分に取り、大名になられ候子細は、清州に那古野弥五郎とて十六~七若年の、人数にんじゅ三百ばかり持ちたる人あり。
色々嘆き候て、若衆方の知音を仕り、清州を引き割り、上総介(織田信長)殿の御味方候て、御知行を御取り候へと時々宥め申す。
家老の者どもにも申し聞かせ、欲に耽り、もっともと各々同心し候。
然る間、弥次右衛門、上総介殿へ参り、御忠節仕るべきの趣き、内々に申し上ぐるに付きて、(上総介殿の)御満足斜めならず
ある時、上総介殿の御人数を清州へ引き入れ、町を焼き払い、生城(裸城)に仕り候。

例文2) 『(元亀三)九月二十日付木下秀吉・武井夕庵連署状(妙智院文書)』

西院之内、妙智院策彦東堂御寺領分安弘名之事、殿様より被仰付、御寺へ可為御直納之旨、被成御印判上ハ、年貢、諸公事物、又無不法、懈怠可致其沙汰候、石成方へも右之分被仰出候間、聊以不可有別条候、指出之儀相調候て、妙智院納所へ可渡進候、或者隠田、物上田迄、薄地ニ替、恣々族於有之者、可被処厳科候、此旨従両人可申之由候、恐々謹言、

(書き下し文)
西院のうち、妙智院策彦東堂さくげんとうどうの御寺領分(安弘名)の事、殿様より仰せ付けられ、御寺へ御直納たるべきの旨、御印判をなさるるの上は、年貢・諸公事物、又は不法・懈怠なく、その沙汰を致すべく候。
石成いわなり(石成友通)へも右の分を仰せ出され候間、いささか以って別条あるべからず候。
指出さしだしの儀を相調え候て、妙智院納所へ渡しまいらすべく候。
あるいは隠田、あるいは上田までを薄地に替え、恣々ししやから有るに於いては、厳科に処せらるべく候。
この旨両人より申すべきの由にて候。恐々謹言

案・案文・・・あん・あんもん

(意味)「正文(しょうもん)」のコピーのうちで、本質的な効力があるものを指す。
案書(あんしょ)・書状案(しょじょうあん)などとも呼ばれる。

 (備考)案文は法令・命令布達のために大量に作成される場合が多い。
その際、訴訟の証拠文書として案文(コピー)が提出される場合、正文と同じく十分な法的効力が発揮される。
なお、正文のコピーで、効力の無いものを「写(うつし)」と呼ぶが、必ずしも区別が徹底されているわけではない。

関連記事:戦国時代の書簡を出す際のルールと専門用語を解説します-3.正文と書状案・写の違い

戦国時代の書簡を出す際のルールと専門用語を解説します
書簡を書く際に守らねばならない礼儀作法を書札礼(しょさつれい)といいます。今回は書札礼の決まり事とその意味、古文書の専門用語についてわかりやすく解説いたします。当サイトは戦国時代の面白さを古文書から伝えるものです。

本項のおもな参考文献:『史料を読み解く1 中世文書の流れ(山川出版社)』『花押・印章図典(吉川弘文館)』

安堵・・・あんど

(意味)
①民がその土地に安住すること。
例)「永く安堵を保たん。」

②安心すること。心の落ち着くこと。
例)「左兵衛殿御子息、逃げ延び候て安堵せしめおわんぬ。」

③領知の所有権を公認すること。またはその証となる証書。安堵状。
例)「顕能卿嫡子北畠大納言顕泰卿、後小松院ニ仕フマツリ、安堵ノ所領ヲ給リテ子孫繁昌也、」

 (備考)
例文)『多聞院日記』元亀三年五月八日条より

八日、噯不調、既ニ打入迄ノ處、ナラ中ヨリハ銀子三百廿枚、寺ヨリ百枚、東大寺ヨリ五十枚ノ礼ニテ調了、先以安堵了、

(書き下し文)
八日、扱い調わず。
既に打ち入るまでのところ、奈良中よりは銀子三百二十枚、寺より百枚、東大寺より五十枚の礼にて調いおわんぬ
まずもって安堵おわんぬ。

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