織田信長が出した古文書

「戦国時代の印象外交と政治的な大言壮語」織田信長の書状から見てみよう

戦国大名も組織の代表者です。現代と同じように、彼らも生き残りを賭けて外聞には非常に気を遣いました。時には虚勢を張り、一のことを百のように話を盛ることもあったでしょう。今回はそんな「政治的な大言壮語」を織田信長の書状から見ていきましょう。
1.古文書

【古文書解読初級】 翻刻を読んでみよう④(伊達輝宗編)

翻刻を読んでみようの伊達輝宗編です。翻刻とはくずし字で記された当時の史料を、語順などをそのままにして活字化したものを指します。くずし字は一切ありませんので、お気軽にご覧ください。
1.古文書

【古文書解読初級】 翻刻を読んでみよう③(佐竹義重・今川義元編)

翻刻を読んでみようの第三回目です。翻刻とはくずし字で記された当時の史料を、語順などをそのままにして活字化したものを指します。くずし字は一切ありませんので、お気軽にご覧ください。当ブログは戦国時代の面白さを古文書から紹介するサイトです。
豊臣秀吉が出した古文書

「露と落ち露と消えにしわが身かな」豊臣秀吉の辞世から古文書を読んでみよう

「今回は豊臣秀吉の辞世を題材にして古文書を解読してみましょう。辞世とはこの世に別れを告げる際に残す和歌のことです。「露と落ち露と消えにしわが身かななにはのことも夢のまた夢」誰もが聞いたことのあるこの歌を、秀吉直筆の和歌詠草から解説します。
2.織田信長の年表ちょっと詳しめ

織田信長の年表ちょっと詳しめ 朝倉・浅井家滅亡

織田信長の年表13回目です。天正元年(1573)8月~10月までのおもに織田家の行動を年表にしています。
信長家臣団が出した古文書

~忠義か家名存続か~戦国時代の書状から見える闕所(欠所)の無常さ

忠義か家名存続か、それとも権益拡大か・・・。戦国時代の小領主はいろいろと大変でした。今回は「闕所(欠所)」という視点から実際の史料を例にして見ていきたいと思います。当ブログは戦国時代の面白さを古文書から紹介するサイトです。
1.古文書

戦国時代定番の贈り物と数え方②繊維類、日用品、貨幣、その他編

戦国時代定番の贈り物と数え方について解説します。最終回となる今回は「繊維類」、「日用品」、「貨幣」および「その他」です。実際の史料を進物に絞って調べ、複数回登場したものを挙げています。最も多かった贈り物とは一体何でしょうか。当サイトは戦国時代の面白さを古文..
1.古文書

戦国時代定番の贈り物と数え方①食品、武具・馬、鳥類・猛禽類編

戦国時代定番の贈り物と数え方について解説します。第1回目となる今回は「食品」、「武具・馬」、「鳥類・猛禽類」です。実際の史料を進物に絞って調べ、複数回登場したものを挙げています。最も多かった贈り物とは一体何でしょうか。当サイトは戦国時代の面白さを古文..
織田信長が出した古文書

河尻秀隆はどこにいた?長島一向一揆戦から見える信長公記の信憑性

伊勢長島一向一揆勢の最後の戦いとなった天正2年(1574)夏。この時期に信長が河尻秀隆へ宛てた書状から、織田の諸将がどのように動いたのか。さらにこの時期の『信長公記』がどの程度信用の置ける史料なのかを探ります。当サイトは戦国時代の面白さを古文書から伝...
織田信長が出した古文書

久秀敗北 信長が松永父子に突き付けた降伏の条件とは

足利義昭陣営につき、信長と敵対した松永久秀・久通父子でしたが、織田勢の攻撃に抗しきれず天正元年(1573)に降伏します。その時、降伏の条件として信長が佐久間信盛へ宛てたのが今回の書状です。いつものように書状の解読のほか、時代背景も合わせて解説します。
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