古文書

古文書解読のカテゴリ。釈文と現代語訳を併せて解読のポイントをご紹介します。

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【古文書講座】猿の出世は早かった!? 秀吉が出した最古の書状から見えるもの

秀吉が発給した最古の文書を解読します。この書状は信長の花押がなく、秀吉ほか4名の連署状となっています。そのうち花押を据えているのは秀吉と島田秀満だけですが、これでも書状に効力があったというのが面白いです。今回もいつものように原文と釈文、書き下し文、さらに時代背景も入れてご説明します。
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前田利家を呪った謎の屋根瓦 小丸城跡から出土した古文書を解読

織田信長による越前一向一揆の殲滅作戦は残虐非道なものだった。それを裏付ける史料として小丸城跡から発掘された丸瓦の古文書を解読してみる。そこには前田利家が「一揆千人ばかりを生け捕りにし、磔・釜であぶられ・・・」とあるが、どういうことなのか。今回もいつものように原文と釈文、書き下し文、現代語訳、さらに時代背景も入れてご説明します。
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【古文書講座】将軍義昭挙兵 和平を望む信長が細川藤孝に宛てた書状を解読

将軍・足利義昭が信長に対して兵を挙げた時に、織田信長が幕臣である細川藤孝に宛てた書状の解読をします。この時期の信長は意外にも将軍とは和平を望んでいて、人質も信長の方が差し出すと交渉しています。信長と細川藤孝の真意とは・・・。いつものように原文と釈文、書き下し文、現代語訳、さらに時代背景も入れてご説明します。
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【古文書講座】現存する織田信長最古の古文書の解読に挑戦

当時16歳の織田信長が熱田社に出した制札を解読します。現存する中では信長が発給した最古の古文書です。そこには「藤原信長」と名乗っていますが、その理由とは。今回もいつものように原文と釈文、書き下し文、現代語訳、難読箇所の解説、さらに当時の時代背景もご紹介します。
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【古文書講座】織田信忠が陣中から弟の信雄に宛てた書状を解読

天正元年(1573)17歳の若き織田信忠が弟の信雄に宛てた書状を解読します。本状には尚々書(追而書)の部分が存在し、もしかするとここが織田信忠の直筆かもしれないです。織田信忠の現存する書状自体が非常に希少なものです。さあ今回はどのような面白いことが記されているでしょうか。いつものように原文と釈文、書き下し文、現代語訳も載せてます。
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【古文書講座】信長が病の家臣を気遣い、わざわざ宣教師の医者を呼んだ時の書状

信長が秀吉の妻であるおねを気遣い、書状を送り遣わしたエピソードはあまりにも有名ですよね。実は他にも信長が家臣を気遣った様子が見える古文書が存在します。病に臥していた松井友閑という家臣のために、信長が近江に滞在中の宣教師の医師に宛てた書状なのですが、そこにはどのような面白いことが記されているでしょうか。
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あなたはいくつ解けるか 京都の名所をなぞなぞにした江戸時代の絵図がすごい

今回は京都の名所をなぞなぞにした面白い絵図をご紹介します。「都名所絵方角かんがゑ」といいまして、江戸時代に流行った判じ絵です。例えば、鯛に濁点と碁で醍醐寺と読ませるなど、いずれの地名も、答えとは全く無関係で「音」だけが共通している絵や文字の組み合わせとなっています。めちゃくちゃ難しいです。是非やってみてください!
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古地図の見方 岐阜城の古地図を徹底解説

岐阜城の古地図を2つご紹介します。どちらも江戸後期の古地図ですが、戦国時代の名残がぷんぷん漂う非常に興味深い作品です。併せて、なぜ領地の端に寺社を置くのか、なぜ城下町のそばに川や池があるのかなど、古地図の見る上での楽しみ方も載せています。
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【古文書講座】織田信秀が足利将軍家へ宛てた書状 そこから見えてくるものとは

今回は織田信秀が足利幕府へ宛てた書状の解読をします。現存する織田信秀の書状自体、非常にレアです。朝廷への接近ばかりが強調される信秀ですが、ここにはどのようなことが記されているでしょうか。当記事もいつものように原文に釈文、書き下し文、現代語訳を載せています。
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「美濃一国譲り状」斎藤道三が信長に託した古文書を解読

斎藤道三が記した「美濃一国譲り状」の古文書の解読をします。1.美濃一国譲り状の信憑性について 2.美濃一国譲り状(弘治二年四月十九日付け斎藤道三遺言状) 原文と釈文、書き下し文、現代語訳 3.この書状の時代背景 4.美濃一国譲り状は複数存在する? 5.斎藤道三の死による信長への影響 など
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