実際に解読をした記事

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【古文書講座】信長が出した書状から読める足利義昭との関係性(殿中御掟)

今日は「殿中御掟」といって信長が最初に足利義昭の行動を縛った「掟書」の解読をします。古文書の読み方と一緒に、当時の時代背景もわかりやすくご説明します。
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【古文書から読み解く】浅井長政討伐に燃える織田信長の決意と意気込み

姉川合戦の約1か月前のこと。信長は浅井・朝倉連合軍との決戦を決意し、領国中から大規模な出陣動員令を下す。この時の書状が、美濃の国人である遠藤慶隆、胤俊宛てで残っており、そこから決戦への信長の決意と意気込みが読み取れる。
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信長が上杉輝虎(謙信)に養子を出そうとしていた事実

織田信長が美濃攻略中に、上杉輝虎(謙信)へ養子を送ろうとしていたことはご存じだろうか。今回は古文書から読み解く当時の情勢や養子の件の顛末、そして様々な疑問について考察する。
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家督を相続して間もない信長が加藤氏に宛てた文書から当時を読み解く

今回は信長の初期の初期の時代の話です。信長が尾張熱田の有力者である加藤氏に対して発給した文書から当時を読み解きます。そこからは東寺の尾張の情勢、実弟である勘十郎信勝の影が見て取れます。
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覇王上洛 信長が本能寺に発給した禁制から当時を読み解く

永禄11年(1568)信長は足利義昭を領国に招き入れて上洛を目論む。しかし、美濃を制圧したばかりの信長は、大軍を擁して上洛するには物資面の面から見ると時期尚早であった。そこで信長は、畿内に信長上洛の噂を盛んに流して、一攫千金を獲得するある手段をとるのであった
織田信長の合戦や外交の詳細記事

桶狭間の戦い 忠臣岡部元信と去就をはっきりさせない水野一族

今回は桶狭間の合戦を古文書から見る。知多半島から三河国境にかけて勢力を持つ水野家に焦点を絞り、どのようにしてこの難局を切り抜けたのかを調べた。織田信長と今川義元の間に揺れる弱小国人領主、水野一族の生き残り策とは
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