世界の国旗の由来 国旗にこんな深い意味が!?

 みなさんこんにちは。本日はヨーロッパの国旗の由来や歴史についてご紹介します。

今回は歴史の深い主要国を中心にしてますので、載ってない国についてはご容赦ください^^

近いうちに他の国についても記事にするつもりです。

ヨーロッパその1

アイルランド

アイルランドの国旗

 農業大国。ジャガイモの栽培が盛ん。イギリスの支配下になっていた1840年代後半にジャガイモの不作が数年続き、未曽有の飢饉が発生。国民の5分の1が餓死し、10%~20%がアメリカ等の国外に逃れた。 また婚姻や出産が激減し、最終的にはアイルランド島の総人口が最盛期の半分にまで落ち込んだ。 その他にもイギリスとの政治的対立は深く、現在でも反英感情が強い。

緑はケルトの伝統を、オレンジはウィリアム3世の支持者を、白はその両者の平和を表す。

デンマーク

デンマークの国旗

 北ヨーロッパのバルト海と北海に挟まれた立憲君主国家。
14C後半デンマーク、スウェーデン、ノルウェーを支配下に治め全盛期を迎える。その後はドイツやスェーデン、ロシアと争うが敗れて衰退した。
赤地に白のスカンディナヴィア十字を描いた旗。伝説では13Cの戦争の最中、ローマ帝国皇帝からこの旗を授かったところ、それまで苦戦していた戦いが形勢逆転し勝利したとある。

ドイツ

ドイツの国旗

 紀元前の頃より活躍していたゲルマン民族の末裔。ナポレオン時代の後にプロイセン王国が普仏戦争でフランスに勝利。ドイツ帝国を創建し、ベルリンを首都とした。当時世界最強のイギリスに追いつけ追い越せの勢いで、経済・軍備の拡張を進め、ヨーロッパに巨大な緊張を生み出し第一次世界大戦のきっかけを作った。敗戦後わずか15年でナチスが政権を握り、世界を巻き込む大戦争を再び生み出す。戦後アメリカ、イギリス、フランス、ソビエト4か国の分割統治が進むがやがて分裂。西ドイツは世界有数の経済大国へ発展し、東ドイツは社会主義の優等生と呼ばれた。1990年に再統一され現在に至る。
黒は名誉、赤は自由、金は祖国を表すいう説があるが真偽は不明。

ドイツの分割統治時代

敗戦後ドイツの分割統治時代。「ベルリンは一つ」とのことから、ベルリン内もまた分割統治された。

フィンランド

フィンランドの国旗

 フィンランドは13Cから1809年までおよそ600年に渡って隣国のスウェーデンの支配下にあったが、スウェーデンがロシア帝国に敗れると、スウェーデンと同じくロシアの支配下となった。第一次世界大戦の最中にロシア革命が発生しフィンランドは独立を宣言、後のソビエトもこれを承認した。
しかし1939年、ナチスドイツとソビエトが突如不可侵条約を締結。フィンランドは赤軍に攻められるが、孤立無援の中マンネルヘイム将軍の防戦の結果、独立を保つことができたのは有名。東西冷戦では中立を保っていたが、ソビエト崩壊後はEUに加盟。現在に至る。
フィンランドがロシア帝国の属国(フィンランド大公国)から独立を宣言して成立したフィンランド王国で採用された。青はフィンランドにある数千の湖と海と空を、白は国土を覆う雪を表す。

フランス

フランスの国旗

フランスはさまざまな小国の集合体であったが、1337年から1453年までの百年戦争での勝利は国体を強固にし、絶対君主制の礎となった。ルネサンス期の早い段階から世界を探索し、イギリスに次ぐ世界二位の植民地帝国となった。ルイ14世の時代が最盛期。18世紀末のフランス革命で君主制は崩壊し、世界初の共和国となる。ナポレオンの時代で一時ヨーロッパを席巻するがロシア攻めに失敗。その後は普仏戦争で敗れ国家が衰退した。テクノロジーにおいては世界に先駆けて天気予報やシネマトグラフ(映写機)の発明、機関銃の発明等をした。
青は自由、白は平等、赤は友愛を表すというのが通説であるが、真偽は不明である。

ギリシャ

ギリシャの国旗

 東にエーゲ海、西にイオニア海、南に地中海があり、無数の島々を国土に持つ。また国土の80%が山岳地帯であり、地理的重要性は計り知れない。
古代ギリシャを祖にもつが、オスマン帝国に征服される。1830年に建国。第二次世界大戦末期、既にナチスドイツの支配下にあったギリシャにソビエト軍が迫る。バルカン半島の先端にあり、インド地中海航路を確保したいイギリス首相チャーチルは、スターリンと会談を行う。その結果ギリシャは西側諸国の一員となった。政治家の汚職率は世界中でも高い方で2010年、巨額の財政赤字隠蔽が発覚したことから、世界中を巻き込む金融危機へと発展したのは記憶に新しい。
9本の縞はギリシャ独立戦争時の鬨の声である「自由か死か」の9音節を表す。

イギリス(大英帝国)

イギリス

 イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドの4つの国で構成されている君主制国家。イギリスをイギリスと呼んでいるのは日本だけ。理由は江戸時代にはオランダ語のEngelsch(エングルス)を語源とする「エゲレス」=「英吉利」という呼称も広く使用されたから。
幾多の戦争を乗り越えて産業革命が成り世界に先駆けて工業経済国となる。また世界第一の植民地を獲得。しかし19C末期から国家が衰退し始める。トランスヴァールの金の利権をめぐって南アフリカに攻め込むが苦戦し、その隙にロシア帝国に極東の利権を奪われると危惧したイギリスは1902年に日本と同盟を結んだ。日露戦争の際は間接的に日本を支援し、第一次世界大戦の際は日本がイギリスの要請に応じて極東やオセアニアのドイツ統治領を奪い取った。多重舌外交が得意。第二次世界大戦で、もしイギリスがナチスドイツに降伏していればアメリカの連合国への参入はなく、現在の世界は変わっていたかもしれない。

イギリス国旗の変遷

国旗の変遷に関しては上記の図が興味深い。

イタリア

イタリア国旗

 西にルグリア海、東にアドリア海、南にティレニア海があり、マルタ島やサルデーニャ島等、交通の要衝である。5世紀末に西方正帝が廃止されるとローマ皇帝ゼノンによってオドアケルがローマ帝国のイタリア領主に任命され、これが国号としてのイタリアの走りとなった。南端部の東ローマ帝国、シチリア島のイスラム教徒、ローマを中心としたローマ教皇領、北部には神聖ローマ皇帝といった勢力が割拠した。この他多数の都市国家が発展、11世紀になると東ローマに代わりノルマン人が侵入した。これらの中にはイタリアの統一を試みる者もいたが、ローマ教皇庁の思惑もあって分裂状態が続いた。ナポレオン統治時代の後1861年にイタリア王国を樹立。ムッソリーニ時代にエチオピアを支配下に治めるがそこが絶頂期であり、第二次世界大戦で敗戦した。全体主義よりも個人主義の傾向が強く、とにかく戦争ではよく負けている。マフィアの勢力の強さが日本の山口組に続いて世界2位なのも、それを物語っている。
緑は「国土」、白は「雪・正義・平和」、赤は「愛国者の血・熱血」を表す。またフランス国旗由来であるため、緑は「自由」(フランス国旗の青を置き換えたもの)、白は「平等」、赤は「友愛(博愛)」を表すともいう。

ノルウェー

ノルウェーの国旗

 スカンディナビア半島に位置する立憲君主国家。海岸線はフィヨルドで形成され、国土の多くは山岳。厳しい気候のために発展が遅れたようだ。中世においてデンマークに征服され、王家の血筋も途絶えたとされる。ナポレオン時代後の1814年にスウェーデンに引き渡された。ノルウェー人はこの時、独立をはかったが、列強の反対にあい実現されなかった。20世紀初頭にスウェーデンから独立。現在は世界有数の福祉国家であり人生満足度はスイスに次いで世界2位のようである。
国旗については長らくデンマークの支配下にあった影響から、デンマークの国旗に青の十字を重ねたものとなっている。
ちなみに日本の大ヒットホラーゲーム「クロックタワー2」はノルウェーが主な舞台である。

オランダ

オランダの国旗

 15C末からスペインを本拠とするハプスブルク家の領土となる。宗主国スペインによる重税政策、カトリックへの強制改宗が原因で1568年にオランダ独立戦争が起きる。しかし戦争の長期化でカトリックの多かった現在のベルギーとルクセンブルクは独立戦争から脱落。この結果、残った領土で独立が承認された。17C初頭以来、オランダは東インドを侵略してポルトガルから香料貿易を奪い、オランダ海上帝国を築いて黄金時代を迎えた。殊に東南アジアのスマトラ島、ジャワ島、ボルネオ島、ニューギニア島など豊富な資源を持つ島々を支配する。しかし英蘭戦争に重なってオランダ侵略戦争(仏蘭戦争)がおこり、本土へ災禍をもたらした。第一次、第二次の世界大戦で戦争に巻き込まれて国家は大きく衰退。多くの植民地も手放すこととなった。ちなみに江戸時代に日本が唯一ヨーロッパの国と国交を持っていたのがオランダである。

水平三色旗。世界最初の三色旗(トリコロール)といわれ、様々な国旗に影響を与えた。なおロシア、フランスと非常によく似た国旗のため、多くの受験生から根深い恨みを持たれている。

オーストリア

オーストリアの国旗

 650年間ハプスブルク家の帝国として君臨。首都をウィーンに置き音楽の都として栄える。1230年にフリードリヒ2世が即位すると、近隣諸国にしばしば外征を行い、財政は悪化していった。その後も近隣の国とさまざまな和戦を繰り返す。近世フランスのナポレオンに侵略された後、1815年オーストリアを盟主とするドイツ連邦が作られた。しかしそれも長くは続かず1866年の普墺戦争においてプロイセンに敗北。ドイツへの権益を失うこととなった。翌1867年のオーストリアとハンガリーの妥協(アウスグライヒ)により、フランツ・ヨーゼフ1世を君主に戴くオーストリア帝国とハンガリー王国の二重帝国が成立。これによりスラヴ人、ポーランド人、ウクライナ人、チェコ人、スロバキア人、セルビア人、クロアチア人、更にはイタリア人、ルーマニア人を抱える多民族国家となる。この時期になると多民族ゆえに国の運営は不安定になり、特にバルカン半島においては、いつそれが火種になりヨーロッパ全土に影響を及ぼすかと危惧されていた。1914年その危惧が現実のものとなる。皇太子夫妻がセルビア人の民族主義者に暗殺されたのを機に第一次世界大戦に発展。敗戦後国家は分裂し、激しい不況が続いた。そんな中、隣国で急速な経済発展を遂げるナチスドイツに吸収合併を望む民衆が相次ぎ、1938年に併合された。戦後独立を果たし、冷戦の最前線にあった地理的要因から、永世中立国となっていた時期もある。現在はEUに加盟している。

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