【ハイパーインフレ】ドイツマルク1兆倍デノミの深層

4.5

 こんにちは。今回は1923年に発生した、ドイツマルクのハイパーインフレーションからのデノミネーションについて紹介しよう。第一次世界大戦後のドイツ経済の崩壊はご存知の方も多いであろう。では、なにが崩壊のトリガーとなったのか、知っている人は案外少ないのではないか。

それでは、何がきっかけで発生し、どのような影響を与え、そしてどう収束させたのかを説明していこう。

インフレというのをめちゃくちゃ簡単に

 国がお金をいっぱい作り、みんながお金を稼ぎやすくなる。=お金の価値が下がる
みんなお金を使おうという気分になり、お金に流動性が生まれる

ハイパーインフレとは簡単に

遊びまくった無職で貯金0のAさんと、
勤続30年でコツコツお金を貯めて貯金1億のBさんがいるとします。

インフレが激しくなった時、政府が金刷りまくって金の価値を下げると・・・

政府
政府

1か月働けば1億貯まるゾ

Aさん
Aさん

やったね!借金も返せるし、遊び放題だーヒャッハー!

Bさん
Bさん

コツコツ貯めてきた我々はなんだったの?

金が増えまくって有頂天のAさん。お買い物に行きました

Aさん
Aさん

パン買いに来ました!

パン屋さん
パン屋さん

いらっしゃいませ!パン1個1000万円です

Aさん
Aさん

高けぇ・・・ しょうがない。買うわ

パン屋さん
パン屋さん

どんどん値上がりしてるから、売らずに隠しておこう

Bさん
Bさん

パンはありますか?

パン屋さん
パン屋さん

売り切れですねー

つまり、買い物をする人が困る。貯金がある人が困る。

ドイツはなぜ1兆倍までインフレしたのか

紙切れとなったドイツマルクで遊ぶ子供
紙切れとなったドイツマルクで遊ぶ子供

第一次世界大戦後のドイツ経済

 ドイツは戦いに敗れ、イギリス、フランス、アメリカから巨額の戦争賠償金が課されることとなった。
その額1320億マルクである。
当時のドイツの国家予算は68億マルク。単純に考えて、1320÷68だから、だいたい20年分返し続ける計算となる。

なぜハイパーインフレになったのか

 ドイツのワイマール政府は、国内の財源不足に加え、賠償金を外貨で支払うことが要求されていたため、支払いが滞った。さらに・・・

1923年1月。フランスとベルギーは、イギリスの反対を押し切り、ドイツ屈指の工業地帯であり、資源が豊富なルール地方を占領した。それにドイツ政府が抵抗を呼びかけ、ルール地方で働く労働者たちにストライキを促し、参加した者たちに賃金を保証した。大戦後から既にインフレが進行していたが、この抵抗運動で財政が破綻した。

しかも、当時の中央銀行であるライヒスバンクが大量に紙幣を発行するという金融的な措置で対応してしまったのである。

これをきっかけにマルクに対する信用が崩壊。ハイパーインフレの引き金を引いてしまった。

100兆マルク紙幣の誕生

100兆マルクの誕生
100兆マルクの誕生2

 ドイツはこの1年間でパン1個が1兆マルクとなるほどの状況下で、ついに100兆マルク紙幣を発行。マルクは完全に紙屑となった。紙幣が額面ではなく重さで取引されたり、紙幣の印刷を急ぐために片面だけ印刷したり、既に流通している紙幣の額面を証紙やゴム印などで修正するなど、通常の状態では考えられないような事態が発生した。

ドイツマルクの価値の推移
ドイツマルクの価値の推移

ハイパーインフレ時の物価

1923年11月の物価は

ジャガイモ1Kg:900億マルク
卵1個:3,200億マルク
ミルク1L:3,600億マルク
バター1ポンド:2兆8,000億マルク
パン1個:1兆マルク

といった有様であった。

エピソードその1

 昨日までハム・サンドイッチがたった1万4000マルクだった同じ喫茶店で、今日はそのサンドイッチが2万4000マルクとなった

銀行券は1枚ほぼ1グラムなので、紙幣4000枚持ってレストランに行くとすると約4kgの紙幣を運ぶことが必要だった

買い物の不便から100兆マルクが発行される事態になった。

エピソードその2

昼と夜でレストランのメニューの値段が1桁違った

月給はもらう頃には価値がなくなるので週給、日給へと変わっていった

薪を買いに行く代わりに札束を薪代わりにした

国内の暴動とユダヤ陰謀論

 かねてよりユダヤ人は、ドイツ国内からもあまり好意的な目で見られていなかった。そんな中、このハイパーインフレを「ユダヤの紙吹雪」と呼ぶ反ユダヤ主義的な陰謀論も流行り、アドルフ・ヒトラーらが急速に勢力を伸ばす。ミュンヘン一揆を扇動するに至った。

ハイパーインフレからのデノミネーション

 まさにこの当時のドイツ経済は、ジェットコースターである。

1923年10月15日。ヒャルマル・シャハトトイツ帝国銀行総裁主導により、レンテンマルクが導入された。
1レンテンマルク=1兆パピエルマルクと交換されることになり、事実上のデノミネーションが行われる。

新貨幣レンテンマルク誕生
レンテンマルクの誕生

新1マルク=旧1兆マルク

翌1924年にアメリカが賠償金支払いプロセスに参加し、ドイツに融資を行うドース案が採択される。この融資を元にライヒスマルクが発行され、やがてドイツはインフレーションがほぼ停止し、物価が安定するにいたったのである=レンテンマルクの奇跡

その後

 次にドイツ経済が崩壊するのは、わずか6年後である。
世界恐慌の煽りを受けて、ドイツはナチスの時代へ。

やがて世界はファシスト、共産主義、そして民主主義の3陣営の時代を迎えるのである。

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