織田信長の合戦や外交の詳細記事

3.織田信長の合戦や外交の詳細記事

【信長包囲網成立】野田・福島の戦いを図で解説 前編

織田信長と三好三人衆らが戦った野田城福島城の戦いをわかりやすく解説します。今回は前編ということで、池田城の異変から信長勝利目前までです。この戦いは日本で初めて大口径の火縄銃を使用したという説もあります。紀州から雑賀・根来の鉄砲集団が大活躍した合戦です。
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信長暗殺 遠藤直経と浅井長政 お市が人生で最も幸せだった7日間

これは信長の妹・小谷御前(お市)を浅井長政へ嫁ぎ、近江佐和山にて信長と浅井長政が初対面を果たした時のお話です。悲劇の姫であるお市が人生で最も幸せだった7日間。それと忍び寄る信長暗殺の影。その後に待ち受ける3人の運命。天はなぜこうも残酷なのか
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武田信玄と織田信長 対称的な二人の天才

織田信長と武田信玄。この両天才を比較し、周囲の環境や国力、内政、外交、謀略、合戦の運び方などを徹底考察。そこから見えるものとは...
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【悲報】足利義昭さん、自分で作った反信長連合軍を討伐する総大将にされてしまう

元亀元年(1570)8月。三好三人衆が野田・福島の砦に立て籠もったと知った信長は、すぐさま軍勢を率いて上洛。摂津での作戦を立てる一方、将軍・足利義昭をむりやり総大将に担ぎ上げた。その時のやり取りを空想で^^
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堂洞城の戦い 戦の功名と八重緑の悲劇

織田信長が進める美濃攻略の大きな契機となった堂洞城の戦い。あまり有名な戦いではないが、中濃で一番の激戦が繰り広げられ、鉄の結束を誇ってきた斎藤家は、これ以後衰退の一途をたどるのである。
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箕作城の戦い 六角氏の立てた戦略VS織田信長の戦略

美濃を攻略し、北伊勢にも勢力を拡大した信長は、ついに足利義昭を奉じての上洛を決断する。信長は大軍を率いて愛知川に布陣。六角承禎・義治父子も万全の態勢で信長を迎え打つ。今回は両者がとった戦術と戦略にクローズアップ
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織田信秀躍進の裏に3つの経済政策あり!?

織田信秀。信長の父として有名ではあるが、具体的にどのような行動をして、それが信長にどのような影響を与えたのかを知る人は少ない。今回は主に信秀にスポットを当てて、軍事ではなく経済の方に重きを置いてこれから説明をしていきたい。
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桶狭間の戦い 忠臣岡部元信と去就をはっきりさせない水野一族

今回は桶狭間の合戦を古文書から見る。知多半島から三河国境にかけて勢力を持つ水野家に焦点を絞り、どのようにしてこの難局を切り抜けたのかを調べた。織田信長と今川義元の間に揺れる弱小国人領主、水野一族の生き残り策とは
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十四条・軽海合戦 一日二決戦!まさかのダブルヘッダー

永禄4年(1561)。先の森部合戦で勝利した信長は、墨俣城を奪取。大きな損害を受けながらも墨俣城に入り、兵を休まる暇なく痛手を受けた墨俣城の修復に取り掛かっていた。敗れた斎藤軍だが、すぐさま新手の兵を繰り出し、墨俣より北北東6キロの十四条村に布陣。信長もこれを迎え撃つため十九条村に布陣するのだが・・・
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森部の戦い 美濃攻略に燃える信長と若き前田利家の武功

桶狭間の戦いに大勝利した信長は、次なる野心を隣国美濃に向ける。美濃は亡き舅の斎藤道三が治めた地であった。永禄3年(1560)。信長は美濃に2度攻めたが、いずれも敗北を喫している。美濃の屈強な侍と、濃尾の国境に流れる3つの大河・・・。何か手を打たねばならぬと考えていた矢先、思いもよらぬ朗報が信長の元にもたらされるのであった。
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