村井貞勝

織田信長家臣・村井貞勝に関する記事はコチラ

2.織田信長の年表ちょっと詳しめ

織田信長の年表ちょっと詳しめ 将軍追放!事実上の室町幕府滅亡

信長の年表12回目です。今回の主な出来事は丹羽長秀に大舟建造を命じる、足利義昭再び挙兵の風聞、河内畠山家の遊佐信教らが主君・畠山秋高(昭高)を弑逆、足利義昭再び挙兵、二条御所の戦い、宇治槙島の戦い、足利義昭追放、一乗寺・静原山両城の戦い、木戸・田中両城の戦い、「天正」と改元などです。
豊臣秀吉が出した古文書

【古文書講座】猿の出世は早かった!? 秀吉が出した最古の書状から見えるもの

秀吉が発給した最古の文書を解読します。この書状は信長の花押がなく、秀吉ほか4名の連署状となっています。そのうち花押を据えているのは秀吉と島田秀満だけですが、これでも書状に効力があったというのが面白いです。今回もいつものように原文と釈文、書き下し文、さらに時代背景も入れてご説明します。
2.織田信長の年表ちょっと詳しめ

織田信長の年表ちょっと詳しめ 将軍・足利義昭がついに挙兵

信長の年表11回目です。今回の主な出来事は武田信玄が野田城を攻略、武田軍の快進撃が止まる、将軍・足利義昭が挙兵、細川藤孝の内通、石山・今堅田の戦い、和田惟長乱心、髙山友照・重友父子の暗殺を謀る、織田信長による洛外・上京焼き討ち、鯰江城の戦いと百済寺焼き討ち、武田信玄死去、足利義昭と織田信長間で和議成立などです。

2.織田信長の年表ちょっと詳しめ

織田信長の年表ちょっと詳しめ 武田信玄 ついに西上作戦を開始する

信長の年表10回目です。おもな出来事は、将軍に意見十七ヶ条を送りつける、美濃国人・遠藤氏の内通、武田信玄 ついに西上作戦を開始、おつやの方の裏切り 岩村城が武田家の手に渡る、延友信光の忠義、武田信玄 遠江で目覚ましい進撃を見せる、信長包囲網崩壊の序曲 朝倉義景 突然の帰国、三方ヶ原の合戦 徳川・織田連合軍の敗北などです。
2.織田信長の年表ちょっと詳しめ

織田信長の年表ちょっと詳しめ 織田信重(信忠)の初陣

今回は織田信長の年表9回目です。今回の主な内容は松永久秀と三好義継の謀叛、比叡山焼き討ち後の信長の仕置きに対する正親町天皇の不満、織田信忠、織田信雄、織田信孝の元服、竹中半兵衛の活躍、奈良で大地震、湖北出兵、上京の信長御座所着工、松永久秀降伏、織田信忠の初陣と虎御前山の戦いなどです。
天皇・朝廷が出した古文書

【古文書講座】太政大臣か関白か将軍か 天下人信長が選択した道は

太政大臣か関白か将軍か。天正10年(1582)5月。織田信長の最晩年。信長は好きな役職に就くことができた。そこで信長が採った選択肢とは?今回は誠仁親王直筆書状から当時を読み解きます。
2.織田信長の年表ちょっと詳しめ

織田信長の年表ちょっと詳しめ 血戦 姉川の戦い

永禄13年(1570.1)から元亀元年(1570.7)までとなっております。この間の主な出来事は、五ヶ条の条書、浅井長政謀反、金ケ崎撤退戦、信長狙撃事件、落窪合戦、姉川の合戦などです。
4.織田信長家臣団

村井貞勝 信長だけでなく町人、公家、天皇にまで愛された名奉行

信長のNO.1吏僚として長く京都に駐在し、その才を遺憾なく発揮した人物。公家衆の取次ぎ役として、時には名奉行として才を発揮し、いつしか京都中の町人にいたるまで彼を愛した。今回は地味な内政官・村井貞勝の実績を書き連ねる
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