2.織田信長の年表ちょっと詳しめ

織田信長の年表ちょっと詳しめ 朝倉・浅井家滅亡

織田信長の年表13回目です。天正元年(1573)8月~10月までのおもに織田家の行動を年表にしています。
信長家臣団が出した古文書

~忠義か家名存続か~戦国時代の書状から見える闕所(欠所)の無常さ

忠義か家名存続か、それとも権益拡大か・・・。戦国時代の小領主はいろいろと大変でした。今回は「闕所(欠所)」という視点から実際の史料を例にして見ていきたいと思います。当ブログは戦国時代の面白さを古文書から紹介するサイトです。
1.古文書

戦国時代定番の贈り物と数え方②繊維類、日用品、貨幣、その他編

戦国時代定番の贈り物と数え方について解説します。最終回となる今回は「繊維類」、「日用品」、「貨幣」および「その他」です。実際の史料を進物に絞って調べ、複数回登場したものを挙げています。最も多かった贈り物とは一体何でしょうか。当サイトは戦国時代の面白さを古文..
織田信長が出した古文書

久秀敗北 信長が松永父子に突き付けた降伏の条件とは

足利義昭陣営につき、信長と敵対した松永久秀・久通父子でしたが、織田勢の攻撃に抗しきれず天正元年(1573)に降伏します。その時、降伏の条件として信長が佐久間信盛へ宛てたのが今回の書状です。いつものように書状の解読のほか、時代背景も合わせて解説します。
1.古文書

【古文書解読初級】 翻刻を読んでみよう②(足利義昭・三好長慶・浅井長政編)

前回に続き翻刻を読んでみようの第二回目です。とはいえ難易度はそれほど変わりません。翻刻とはくずし字で記された当時の史料を、語順などをそのままにして活字化したものを指します。少しでも古文書学習のお役に立てましたら幸いです。
3.織田信長の合戦や外交の詳細記事

信玄西上!息子を人質に取られた信長が、上杉謙信に送った決意とは(3)

元亀3年(1572)冬に織田信長が上杉謙信へ宛てた書状を解読します。最終回となる今回は、武田家の視点からこの史料と時代背景を紹介します。信玄一流の外交はどの程度実を結んだのでしょうか。当ブログは古文書を解読し、当時の人々の生き様を紹介するサイトです。
3.織田信長の合戦や外交の詳細記事

信玄西上!息子を人質に取られた信長が、上杉謙信に送った決意とは(2)

元亀3年(1572)冬に織田信長が上杉謙信へ宛てた書状を解読します。第2回目の今回は、上杉家の視点からこの史料を紹介します。謙信を取り巻く当時の外交情勢は、どのようなものだったでしょうか。当ブログは古文書を解読し、当時の人々の生き様を紹介するサイトです。
織田信長が出した古文書

信玄西上!息子を人質に取られた信長が、上杉謙信に送った決意とは(1)

元亀3年(1572)冬に織田信長が上杉謙信へ宛てた書状を解読します。ここには前代未聞の無道、侍の義理を知らずなど武田信玄を激しく糾弾する内容が列挙されています。この書状の背景には何があったのでしょうか。
織田信長が出した古文書

【古文書入門】解読の基本を織田信長の書状から学ぶ

織田信長が毛利輝元へ宛てた書状を題材に、戦国古文書の解読方法をご説明します。闕字(けつじ)や副状(そえじょう)といった専門的な解説もしております。
織田信長が出した古文書

みんな集合!信長が急遽行った京都サミットの理由とは?

信長は将軍の権力を縛る条書を送ったのと同じ日。禁裏様や将軍に挨拶をせよと大々的に触れを出し、サミットへの参加を呼びかけた時の古文書を解読します。そこにはどのような時代背景があり、その結果どうなったのか。永禄時代最後の謎に迫ります。
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