浅井氏

織田信長の合戦や外交の詳細記事

姉川の合戦 番外編 それぞれの武将のエピソード

姉川の合戦の武将エピソード集です。両陣営の華々しく散っていった武将や感動秘話を中心にご紹介します。主な逸話は1.竹中重治(半兵衛)の調略工作 2.樋口直房から聞かされた浅井長政の葛藤 3.勇将名高い真柄直隆と向坂式部の一騎打ち 4.浅井雅楽助とその弟・斎宮助の逸話 6.若武者・坂井尚恒の奮戦 7.遠藤直経の最期と竹中重
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姉川の合戦 後半 合戦の詳細と通説以外の説

姉川の合戦の詳細記事後半です。諸説さまざまな姉川の合戦、軍議、姉川の地形、姉川合戦の陣立て、姉川の合戦 開戦、姉川の合戦 浅井軍の猛攻、信長危うし 13段の備のうち実に11段まで破られる、形勢逆転 徳川軍の反撃、追撃掃討戦、姉川の合戦 終結する、通説ではない姉川の合戦 実は苦戦していなかった?などです。
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姉川の合戦 前半 元亀の争乱時代が幕を開ける

姉川の合戦の詳細記事前半です。今回は姉川の合戦に至った経緯、堀秀村・樋口直房の調略、信長出陣 小谷山城下に肉薄、小谷城下放火、姉川の合戦の前哨戦 八相山の退口、三河から徳川家康参陣 浅井側も朝倉軍到着、大依山と竜ヶ鼻にそれぞれ陣取り、睨み合う、異説・姉川の合戦、朝倉義景はなぜ自ら出馬しなかったのか・・・です。
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これが織田方面指令軍の原点 織田信長による近江支配体制の確立

織田信長による近江国支配体制について。1.浅井長政謀反 岐阜-京都間の街道が分断される2.南近江に歴戦の将を配置する3.姉川の合戦 近江支配に木下秀吉が加わる4.野田・福島の戦いと志賀の陣 森可成が討死する5.比叡山焼き討ち 近江支配に明智光秀が加わる6.徐々に狭まる対浅井長政包囲7.浅井・朝倉家滅亡 その後の近...
織田信長の年表ちょっと詳しめ

織田信長の年表ちょっと詳しめ 織田信重(信忠)の初陣

今回は織田信長の年表9回目です。今回の主な内容は松永久秀と三好義継の謀叛、比叡山焼き討ち後の信長の仕置きに対する正親町天皇の不満、織田信忠、織田信雄、織田信孝の元服、竹中半兵衛の活躍、奈良で大地震、湖北出兵、上京の信長御座所着工、松永久秀降伏、織田信忠の初陣と虎御前山の戦いなどです。
古文書

古文書解読の基本的な事 返読文字によくある傾向を実際の古文書を例に説明

古文書を解読するにあたって返読文字は避けては通れません。返読文字とは「以」や「自」など返って読む文字のことです。「未然形」や「助動詞」などの難しい単語は極力避けて、実際の古文書を例にわかりやすくご説明します。
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【信長包囲網成立】野田・福島の戦いを図で解説 後編

織田信長と三好三人衆らが戦った野田城福島城の戦いをわかりやすく解説します。今回は後編ということで、石山本願寺の挙兵から正親町天皇と将軍・足利義昭の仲介で和議が成立するまでを記事にしています。
織田信長の年表ちょっと詳しめ

織田信長の年表ちょっと詳しめ 比叡山焼き討ち

今回は信長の年表8回目です。おもな出来事は磯野員昌、朽木元綱の投降、木下秀吉奮戦で浅井長政撃退、第一次長島一向一揆攻め、松永久秀謀叛(1回目)、湖北出兵、和田惟政敗死、比叡山焼き討ちです!
古文書

【古文書講座】信長窮地 織田家と浅井長政・朝倉義景が和睦したときの書状

今回は信長包囲網により腹背を攻められ、信長が窮地に陥っている時の書状です。比叡山に立て籠った浅井・朝倉両家に信長は苛立ちを隠せません。当時の時代背景とともに釈文と現代語訳、さらに、この書状の解読ポイントも載せています。
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信長暗殺 遠藤直経と浅井長政 お市が人生で最も幸せだった7日間

これは信長の妹・小谷御前(お市)を浅井長政へ嫁ぎ、近江佐和山にて信長と浅井長政が初対面を果たした時のお話です。悲劇の姫であるお市が人生で最も幸せだった7日間。それと忍び寄る信長暗殺の影。その後に待ち受ける3人の運命。天はなぜこうも残酷なのか
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