今回は古文書のくずし字でよく出る偏のパターンをご紹介します。
偏の中でも特に出現頻度の高い12種類に加え、その中でも代表的なくずし字を例に挙げております。
少しでも皆様の学習の役に立てたらいいなと思って作りました。
古文書を独学するにあたって 部首のくずしは共通点がある
漢字は画数が増えるにつれて、複雑な字になっていきますが、部分的に同じ形となる場合があります。
その同じ部分を部首とよび、同じ部首をもつ漢字としてまとめることで、学習の効率を上げることが可能です。
さらに、部首の特徴が分かれば、くずし字事典を引く際の大きな手掛かりとなるでしょう。
偏の頻出する部首をいくつかピックアップしました。
偏とは、漢字が左と右に分かれる場合の左側を指します。
それでは、さっそく一つ一つみていきましょう。
亻(にんべん)のくずし方
にんべんのくずしは手でなぞって書いてみると、だいたいは書き順通りになることが多いように思います。
一見何を書いているのか見当もつかない場合も、答えが分かると納得できる場合が多いです。
なお、「候」は特殊なくずしのため、その限りではありません。
「儀」のくずし字
頻出するにんべんのうち、かなりの頻度で登場するのがこの「儀」という漢字です。
「~之儀、慥(たしか)ニ承り候」
のような形で登場することが多いでしょうか。
「作」のくずし字
「作」の字はこの画像の左から3番目のパターンが多いように思えます。
「作兵衛」という字だと、慣れていないと全く読めませんね(^-^;
このように頻出する漢字はくずしが強くなる傾向にあります。
逆に考えると、くずしが強い字ほどよく出る文字ということになりますね。
「何」のくずし字
続いて「何」という字です。
これもよく出る字で、戦国時代の手紙にも
「〇〇の由、如何候哉(いかがそうろうや)」
といった形で登場することが多いです。
左から三番目下のパターンは、”一”の下に”の”と書かれていますね。
「可」の字もこれと全く同じくずしのため、覚えておいて損はないでしょう。
木(きへん)のくずし方
きへんのくずしは右の点がなくなって、左の払いからまっすぐ旁(つくり)に入るのが一般的です。
そのため、てへんと大変よく似ていますね。
旁の部分でもわからない場合は、文脈から判断しましょう(^-^;
「様」のくずし字
「様」の字もかなり出現する頻度が高いです。
よく登場するので、それだけくずしが強くなる傾向にあります。
左から2番目と3番目のパターンが多いでしょうか。
3番目は「勿」とよく似ていますね。
「相」のくずし字
続いて「相」のくずしです。
杉のようにも打のようにも見えますね。
これも古文書には必ずといって良いほど登場します。
「相〇〇すべく候」
のような形で登場することが多いです。
ちなみに「相」自体には特に意味はなく、語調を整えたり強調したりする意味で用いられました。
他にも「打(うち)」、「差(さし)」、「指(さし)」、「罷(まかり)」などもこれに当てはまります。
こうした字のことを「接頭語」というのですが、そこまでは特に覚える必要はないでしょう。
「杉」のくずし字
「杉」には異体字があります。
昔の人は、異体字の「杦」をよく使っていました。
古文書には旧字や異体字もよく登場するので、覚えておく必要があります。
他にも「國→国」、「刕→州」、「㐂→喜」など多数あります。
彳(ぎょうにんべん)のくずし方
ぎょうにんべんは縦に一本の線を引き、その真ん中に少し点を打つのが一般的なくずしです。
しかし、統一性はなく、にんべんと同じようなくずしになる場合もあります。
なお、「御」・「衛」などは特殊なくずしのため、その限りではありません。
後のくずし字
「後」は「向後」、「其後」、「越後・筑後」など特によく出現する字です。
そのためか、くずしの度合いが強いのが特徴的です。
「行」のくずし字
「行」は「知行」、「宛行(あてがい)」といった証書の類で用いられる場合も多いです。
最後の画で下に突き抜けて、そのまま次の字へと繋がるケースが多いです。
偏が”t”で旁が”リ”となるイメージです。=(tリ)
「彼」のくずし字
「彼」のくずしは、旁の部分が最後に巻く傾向にあります。
これは前述した「後」の旁の部分にもそのような傾向が見られます。
「得」のくずし字
「買得」、「心得」、「得心」など頻繁に登場する字です。
左から3番目のくずしがよく見られるパターンです。
難しいですが ”t”+”る”=「得」と覚えるのが良いでしょう。
糸(いとへん)のくずし方
いとへんは、にょろにょろしたようなくずしや、子の字のようなくずし方が一般的です。
少し特徴的な分、部首の特定はしやすいかもしれませんね。
なお、「紙」などは特殊なくずしのため、その限りではありません。
「給」のくずし字
「恩給」、「給金」、「~し給ひ」など古文書ではよく登場します。
右の例のように、「給」と「候」が合体することもよくありますので、注意が必要です。(候はちょんと書くだけです)
「総」のくずし字
「総」は旧字で書かれることがよくあります。
旧字では「總」と書きますが、今の字と大きな違いはないので、そこまで苦労することはないでしょう。
一番右の例の給ふはさっき出たくずしですね。
⻖(こざとへん)のくずし方
こざとへんもいくつかパターンがありますが、どれもなんとなく理解できる範疇でのくずし方をしています。
特徴的なくずしのため、部首の特定は容易な方だと思います。
「限」のくずし字
「〇〇ニ限り」、「刻限ヲ定め」など、それなりの頻度で登場する字です。
くずし方によっては「恨」にも似ているため、注意が必要です。
氵(さんずい)のくずし方
さんずいのくずし字は、少し左に膨らむ形の一本線になることが多いです。
「江」のくずし字
左から3番目の「江州(ごうしゅう)」とは近江国を唐風(中国風)にした読み方で、現在の滋賀県にあたります。
今日でも信州や泉州と読んだりするのは、その名残ですね。
地名の他に、助詞の「~へ」の意味で用いられることも多いです。
昔の人もこれが助詞であると認識していたのかわかりませんが、一番右の例のように小さく「江」と書くパターンもありました。
他にも「~而(て)」、「~尓(に)」、「~与(と)」なども小さく書かれる場合があります。
「流」のくずし字
「流」の字はかな文字の「る」としても登場するため、古文書で見かける頻度はやや高めです。
カタカナの「ル」の字源はこの字です。
「満」のくずし字と少し似ています。
月(にくづき・つきへん)のくずし方
にくづき(つきへん)は現在のけものへんに似たくずしをしているのが特徴的です。
のぎへんにも似ていますね。
特定しづらいため、私は旁の部分から判断するようにしています。
「勝」のくずし字
戦国時代では武将の名前でよく登場します。
勝つとは縁起のいい言葉ですからね。
「勝ち栗」や「勝鬨(かちどき)」などの単語でも有名です。
ここの例で出した「勝」は読めたかと思います。
では、こちらはどうでしょうか。
「膳」のくずし字
油断すると「勝」と読んでしまいそうな「膳」という字です。
偏が同じなだけに、文脈からも判断する必要がありそうですね。
最後の画の口の部分は右横に伸びるパターンと、下に伸びて次の字と繋がるパターンがあります。
ややこしいですね(^-^;
言(ごんべん)のくずし方
これが一般的なごんべんのくずし方です。
くずしによってはさんずいのようにも見えます。
右と左、どちらもよく出るパターンのくずしですので、両方覚える必要があります。
「諸」のくずし字
「諸」も古文書ではよく登場します。
攻城戦を表す際には「諸口取詰(しょぐちとりつめ)・・・」。
人物の生い立ちを表す際にも「諸国流浪之末・・・」などで用いられます。
旁の部分「者」は、「は」の変体仮名としてもよく登場するため、この際セットで覚えておいてもよいでしょう。
関連記事:【初級】古文書解読 はじめの一歩は「かな文字」から
「説」のくずし字
説は「雑説(ざっせつ)」というワードで登場する場合が多いように思えます。
世間の噂、風説という意味です。
くずしによっては「況(いわんや)」にも見えてしまいますね。
「談」のくずし字
「談」は頻繁に登場するためか、くずしが大きくなる傾向にあります。
「其許ト申談儀有之(そこもとと申し談ずる儀これあり)」などと用いられる場合が多いです。
現在は「相談する」とよくいいますが、少し前の時代までは「相(あい)談ずる」といいました。
前に述べましたが、相は特に意味を持たない接頭語になります。
女(おんなへん)のくずし方
ひらがなの「め」は「女」という漢字をくずしてできています。
そのため、おんなへんは「め」に似たくずしをするのが一般的です。
たまに山みたいなくずしを見かける場合がありますが、なぜそうなるのかまではわかりません。
おんなへんでは特に「如」が頻出します。
「如」のくずし字
ひらがなの「め」が出てきたら、これは「女」か「如」のどちらかである可能性が高いです。
風林火山でおなじみの「〇〇すること〇〇の如し(~のようだ)」で有名ですね。
他にも書状の結びとして「仍如件(仍って件の如し)」、「状件如(状くだんの如し)」でよく見かけます。
これは書留文言(かきとめもんごん)という一種の決まり文句ですが、詳しくはこちらをご覧ください。
関連記事:戦国時代の外交文書のルールとしきたり ポイントは礼儀の厚薄にあり
金(かねへん)のくずし方
かねへんは、真ん中でいったん巻いてから下におろすのがよくあるくずしです。
しめすへんに似ていますね。
部首の特定はしづらいため、私は旁から判断しています。
かねへんの字はあまり多くはでません。
優先して覚える必要はありませんが、江戸時代の商人の帳簿には必ずといって良いほど出ます。
「銀」のくずし字
読めないけど、下の字が「子」ならば「銀」の可能性が高いです。
銀子(ぎんす)は丁銀のことですね。
ちなみに一番右の例文は安芸の戦国大名毛利輝元が蜂須賀正勝に宛てた書状の一部です。
日(にちへん)のくずし方
にちへんのくずしは、線が2本になってだいぶ省略されてるパターンが多いです。
省略されすぎてにんべんのような一本線になる場合もあります。
「時」のくずし字
時の字は、現在でも「日寸」と略されて書かれる時がありますが、これは昔の名残です。
そこまで苦労しなくてもこの字は覚えることができるでしょう。
では、この字はどうでしょうか。
「明」のくずし字
「明」という字もやや出る頻度が高いです。
元号でもこの字がよく使われていますね。
旁の月も、さまざまなバリエーションがあります。
単に「ろ」と記されている場合もあれば、「寺」と同じくずし方になる場合もあるので注意が必要です。
2020年度大河ドラマ「麒麟がくる」の主人公明智光秀も古文書に登場しています。
これだけだと「御」かな?と間違えそうになりますが(^-^;
ネ(しめすへん)のくずし方
しめすへんのくずしは、点を打った後、鉤形に一旦降りて、真ん中から右上にはねるのが一般的です。
また、示と書くパターンもありますが、これは現代の日本でもたまに使う人がいますね。
「祝」のくずし字
「祝」という字は「祝着」というキーワードで馴染みのある方も多いでしょう。
ひどくくずされていて一見読めそうにありませんが、先に述べたしめすへんのくずしのパターンを理解すると、特定しやすいかもしれません。
もしわからなくても、くずし字辞書を部首から探すと正解にたどりつけます。
「福」のくずし字
続いて「福」のくずしですが、もしかするとこれは御朱印に関心のある方であればおなじみの字なのかもしれません。
福に限らず、旁の部分が田で終わる場合は、このようにうねうねとして終わるパターンが多いように思えます。
ご覧いただきありがとうございました!
いくつか代表的な偏を載せてみました。
少しでも皆様の学習に役に立てたのなら光栄です。
参考文献:
林秀夫(1999)『音訓引 古文書大字叢』柏書房
児玉幸多(1970)『くずし字解読辞典普及版』東京堂出版
中田祝男(1984)『新選古語辞典』小学館
鈴木一雄,外山映次,伊藤博,小池清治(2007)『全訳読解古語辞典 第三版』三省堂
山本博文・堀新・曽根勇二(2013)『戦国大名の古文書 西日本編』柏書房
山本博文,堀新,曽根勇二(2013)『戦国大名の古文書 東日本編』柏書房
小和田 哲男(2010)『戦国武将の手紙を読む』(中公新書)
岡本良一(1970)『戦国武将25人の手紙』朝日新聞社
料理物語
南総里見八犬伝
など