らいそくちゃん

1.古文書

和歌や俳句でよく詠まれる「ほととぎす」にはどのような意味が隠されているのか

古来から日本ではほととぎすの歌がよく詠まれています。初夏の訪れとともに飛来して、田植えの始まりを告げる鳥だと認識されていました。今回はそんなほととぎすに隠された様々な意味や代表的な句をご紹介します。
武田信玄・上杉謙信が出した古文書

山本勘助は実在した!?武田信玄が出した書状からその根拠を読み解く

山本勘助は実在したのか・・・現在でも様々な議論がされているそうですが、今回は武田信玄が出した書状に「山本勘助」が登場する興味深い古文書を解読します。いつものように原文と釈文、書き下し文、現代語訳を入れています。実在したかどうかは私にはわかりかねます。
5.歴史系おもしろまとめ

駿河の大大名・今川氏真さん、上杉謙信に救いを求めるも既読無視される

外交は本当に難しい。今回は今川氏真が上杉謙信(輝虎)に同盟を呼びかけるが、無視されたお話です。お互い利害は一致しているにも関わらず、外交文書にまずい点があったというだけで上杉側が無視したのです。今回はなぜ上杉謙信は書状を無視したのかを考えます。
6.信長以外の歴史系記事

戦国時代の外交文書のルールとしきたり ポイントは礼儀の厚薄にあり

戦国時代の外交文書の作法としきたりについて記事にしています。内容がマニアックすぎて今回は初心者向きではありません。昔は相手の身分によって、礼の厚い薄いを使い分けていました。宛名の左下脇にある「脇付」や、秘書を通すやり方の「付状」についても触れています。
3.織田信長の合戦や外交の詳細記事

信長が築いた小牧山城を古地図と信長公記から読み解く

織田信長が築いた小牧山城ですが、現在でもさまざまな疑問があります。信長の居館も正確な場所は不明なようです。そもそもなぜ信長は小牧山への移転を決意したのでしょうか。今回は古文書の「信長公記」からも引用し、そこで感じた個人的な見解も書いています。
明智光秀が出した古文書

「麒麟がくる」の明智光秀が細川藤孝に宛てたあまり有名でない方の書状

明智光秀が細川藤孝に打診した直筆の書状を解読します。今回の書状は難易度が低めなので、古文書解読初心者に易しいはずです。いつものように原文と釈文、書き下し文、現代語訳、時代背景を。さらにこの書状を解読するポイントを載せています。
1.古文書

古文書解読の基本的な事 返読文字によくある傾向を実際の古文書を例に説明

古文書を解読するにあたって返読文字は避けては通れません。返読文字とは「以」や「自」など返って読む文字のことです。「未然形」や「助動詞」などの難しい単語は極力避けて、実際の古文書を例にわかりやすくご説明します。
6.信長以外の歴史系記事

戦国武将の名前が多くてややこしい理由

今回は中世や戦国武将の名前の多さについてです。「吉法師」や「梵天丸」などの幼名。「日向守」や「上総介」などの受領名。「右府」や「弾正忠」などの官途名。「信玄」や「謙信」などの法名。そして本名でなぜ呼ばないのか。諱(いみな)とは何なのか・・・。
3.織田信長の合戦や外交の詳細記事

【信長包囲網成立】野田・福島の戦いを図で解説 後編

織田信長と三好三人衆らが戦った野田城福島城の戦いをわかりやすく解説します。今回は後編ということで、石山本願寺の挙兵から正親町天皇と将軍・足利義昭の仲介で和議が成立するまでを記事にしています。
5.歴史系おもしろまとめ

【悲報】信長の馬廻り、倒した敵の首を巡って口論になり、首を取らずにそのまま退却

信長の馬廻りを務める毛利秀頼(河内守)と兼松正吉(又四郎)が合戦中に倒した敵の首を巡って口論となり、そのまま首を取らずに退却してしまったというお話です。しかも、首の取り合いではなくて譲り合いというのが面白い点です。