今回は古文書のくずし字でよく出る旁(つくり)のパターンをご紹介します。
旁の中でも特に出現頻度の高い10種類に加え、その中でも特に出現する頻度の高いくずし字を例に挙げております。
少しでも皆様の学習の役に立てたらいいなと思って作りました。
古文書を独学するにあたって 部首のくずしは共通点がある
漢字は画数が増えるにつれて、複雑な字になっていきますが、部分的に同じ形となる場合があります。
その同じ部分を部首とよび、同じ部首をもつ漢字としてまとめることで、学習の効率を上げることが可能です。
部首の特徴が分かれば、くずし字事典を引く際の大きな手掛かりとなるでしょう。
旁(つくり)の中でも特に出る頻度の高いものをまとめました。
旁とは、漢字が左側と右側に分かれる場合の右側を指します。
それでは、さっそく一つ一つみていきましょう。
彡(さんづくり)のくずし方
偏と旁に別れている字の、旁が彡となっている部分をさんづくりといいます。
きちんとした楷書で書くと、左上から斜めに下ろすような線を三つ書きますが、くずし字ではにょろにょろと波うつ線となり、1画で書かれることが多いです。
さんづくり自体はさほど漢字の種類は多くないので、出現頻度はそれほど多くありません。
なお、「杉」に関しては前回の偏の記事で書きましたので、そちらをご参照ください。
「形」のくずし字
「形」には異体字があります。
杉と同じようなくずしでさんづくりの部分を「久」と書きます。
しかしながら、くずしのパターンはあまり多くなく、あまりくずされていない字もよくあります。
「〇〇能(の)形尓(に)・・・」や「御形見」、「判形」などと用いられることが多いです。
現在とあまり変わりませんね。
他にも同じさんづくりの旁をもつ「影」なども似たようなくずし方をします。(久ではない方のくずし)
斤(おのづくり)のくずし方
一度縦に入り、少し戻ってから内側へ払うのがおのづくりの基本的なくずし方です。
もっとくずされると、ひらがなの”ろ”に似た字になることが多いです。
「新」のくずし字
「新」は「新右衛門」などの人名で頻出する漢字です。
だいたい似たようなくずしになる場合がありますが、たまに”邪”に似たくずしになることがあります。
一番右の例文の“得”の字は、前回の偏の部で登場した字です。
ぎょうにんべんに少し点が入っていますが、これが基本的なくずしです。
「斯」のくずし字
「斯」の字は頻出するというわけではありませんが、室町時代に栄華を誇った武衛家の「斯波氏」や、「斯(か)くの如く」などと用いる場合があります。
実はNHK大河ドラマのセリフでもちらほら登場しています。
「梵天丸も斯くありたい(独眼竜政宗の梵天丸の台詞)」・「控えねば斯くの通り!(葵徳川三代の鳥居元忠の台詞)」など。
「斯」も前述した”新”とよく似たくずしをしています。
偏さえ覚えてしまえば、解読自体はさほど難しい部類ではないでしょう。
“欺”の字とよく似ているので、そこは注意が必要です。
攵(のぶん・ぼくづくり)のくずし方
のぶん・ぼくづくりの特徴は、一画目の払いが省略されて、二画目以降を大きくカーブさせて一度巻いてから下に下ろすのが基本的なくずし方になります。
その際、下に下りる場合と右下に下りる2パターンが多いです。
前述した斤(おのづくり)と似たくずしになる場合もありますので注意が必要です。
のぶん・ぼくづくりで頻出する漢字はかなり多いです。
以下の例で挙げたもの以外でも、”枚”、”敵”、”敬”、”敗”、”敏”、”敢”、”政”、”改”、”致”など多数あります。
「故」のくずし字
「故」という字は頻出する分くずし方のバリエーションも豊かです。
しかし、どれも手でなぞって続け字で書いてみると、理解できる範疇のくずし方をしていると思います。
「〇〇故(ゆえ)、~~」や「何故(なにゆえ)~~」といった用いられかたをすることが多いですね。
なお、一番右の例文は武田晴信が北信濃の国人領主である市河氏へ宛てた書状の一部です。
関連記事:山本勘助は実在した!?武田信玄が出した書状からその根拠を読み解く
「数」のくずし字
「数」には旧字体があります。
それが「數」の字です。
この字が崩された結果、今の字になったわけですね。
くずしの傾向としては、ぐるっと一度巻いてから下か右横に抜けることが多いです。
同じ旁だからか、先に述べた”故”のくずしと似ていますね。
それでは、こちらはどうでしょうか。
「教」のくずし字
”数”によく似た漢字に「教」があります。
同じぼくづくりで、偏の部分もよく似ていますが、こちらのくずしはまるで違った形をしています。
よく出るのが左から3番目、4番目のくずし方です。
一番右の例文の”外”という字も読めないですよね。
これが外の典型的なくずしで、むしろ綺麗な字の部類です(^^;)
「敷」のくずし字
もう一つ、”教”のくずしとかなり似たもので、「敷」という字があります。
この文字も非常によく出るもので、「頼母敷(たのもしく)」、「空敷(むなしく)」、「夥敷(おびただしく)」など、助詞としてもよく使用されてきました。
頻出度で表すとSランクです。
阝(おおざと)のくずし方
偏の部分にこれが入るとこざとへんになりますが、旁の部分にある場合はおおざとと呼びます。
偏からそのまま筆を止めずに旁に入り、一気にギザギザに書き下ろすのがおおざとの特徴です。
くずしによってはひらがなの”る”のようになる場合もあります。
なお、「郎」は特殊なくずしのため、その限りではありません。
下に挙げた例以外にも、”都”や”郡”、”那”は比較的古文書では登場します。
「部」のくずし字
おおざとの中で特に頻出するのが「部」の漢字でしょう。
古代から続く「兵部(ひょうぶ)省」や「治部(じぶ)省」などの官職名でよく用いられたほか、「部屋」といった名詞にも使われました。
くずし自体はおおざとの典型的なくずし方をしたパターンが多いように思えます。
一番右に出した例の「部」は難しかったですね(^^;)
殳(るまた)のくずし方
前に述べたおおざとに少し似たくずしで、ぐるっと一度巻くものとして「殳(るまた)」もあります。
しかし、るまたの場合は安定感が無く、書いた人や漢字によってくずし方が大きく異なる傾向にあります。
幸い、るまたで頻出する漢字の種類自体はさほど多くはありません。
以下に取り挙げた例以外では、「殿」、「段」、「設」、「叡」くらいなものです。
なお、「殿」、「段」は特殊なくずしのため、その限りではありません。
「役」のくずし字
この「役」の部首はるまたではありませんが、頻出する字なので便宜上ここで取り挙げます。
この字は「諸役」、「役人」、「目付役」など、役目や地位に関するキーワードとして登場します。
くずし方としては上に示した例の通り、素直なくずし方をする場合が多いですが、ぎょうにんべんのくずしはもう少し難読な場合もあります。
口(くち)のくずし方
前回の偏の部の記事で、くちへんを取り挙げませんでしたが、旁の口については説明をさせていただきます。
旁の部分でのくちの特徴としては、口を大幅に省略して一画でひらがなの”り”のようにして一気に書き切ることが多いです。
次に多いのが、アルファベットの”B”のようにしてギザギザに書いたものです。
なお、”告”や”句”といった字の場合は、偏と旁に分かれた漢字ではありませんので、また別の機会に説明したいと思います。
「加」のくずし字
中世の時代には、禁制や制札に「成敗を加うるべきものなり」とよく書かれた史料が出てきます。
「加」のくずし方は口の部分が大幅に省略されているくらいで、解読自体はさほど難しい部類ではありません。
大幅にくずされると、ひらがなの「か」になります。
それもそのはず、「か」の字源はこの字なのですから。
ちなみに一番右の例文は前田利家、右から2番目は南条元続が発給した書状の一部です。
「和」のくずし字
「和」の字も出る頻度が高いです。
「和睦」、「和平」、「一和(いっか)」など平和を表す意味で使ったほかに、「大和」、「和歌」など日本を現す意味でも用いられました。
これもさきほどの”加”とあまり変わらないくずし方をしています。
しかし、ごくたまに”知”の字にかなり似たパターンのくずしもありますので、注意が必要です。
これもひらがなの「わ」に似ていますね。
この字もまた、これが字源となっているからです。
だいたいこのような感じで、くちの旁を持つ漢字は比較的読みやすいパターンが多いのですが、「如」だけはその限りではありません。
「如」のくずし方はこちらをご覧ください。
寺(てら)のくずし方
漢字の部首には「寺(てら)」というものはありませんが、ここでは便宜上「寺」のくずし方をご紹介します。
「寺」の字は、偏からそのまま字が続いて横に線を引き、二画目以降をひらがなの”ち”のように下ろして最後にくるっと巻くのが基本的なくずし方です。
寺の旁を持つ漢字にはかなりの共通点があります。
以下に載せた例以外にも、「侍」、「時」、「持」、「特」などが古文書によく出る漢字です。
なお、「時」のくずしに関しては前回書きましたのでこちらをご参照ください。
「待」のくずし字
前回偏の記事で説明したように、ぎょうにんべんらしいくずしをしていますね。
この特徴に「る」の旁であれば「待」である可能性が高いです。(tる)
この字から、ぎょうにんべんのちょんと入れた点を抜くと「侍」になります。(伝われ)
くずし方によっては「彼」や「得」に非常によく似ているので、注意が必要です。
「持」のくずし字
「持」のくずし方も、典型的な寺のくずしをしていることが多いです。
「〇〇を持つ」のような動詞でよく使われるほか、意外にも人名でもよく登場します。(足利持氏など)
也(おつにょう・つりばり)のくずし方
おつにょうあるいはつりばりは、「也」の字の一画目のみとなります。
ここでは便宜上、「也」が旁の部分に入る字を取り挙げることに致します。
ここに出した3パターン全てよく出る傾向にあります。
これはPCのペイント機能のマウスで書いたため、はねや払いが表現できていませんが、実際はもう少しなめらかな字となる場合が多いです。
一番左の例はひらがなの「や」に似ていますね。
これも也がくずされてひらがなとなりました。
「地」のくずし字
「地」の漢字は、くずし方によって非常に複雑な字となることも多いです。
ここに示した4パターン全てよく出ます。
“北”にも見えなくもないですね。
他にも”他”、”池”も基本的にはこのくずし方をします。
覚えておくことをオススメします。
「馳」のくずし字
「馳」のくずし方は、うまへんのくずしに慣れていない方は難しいかもしれません。
くずし方によっては”弛”にも見えなくもないですね。
「馳せ参じる」や「馳走せよ」などと用いられました。
左から2番目のうまへんのくずしは、将棋の桂馬の裏の通りですね^^
なお、一番右の例文は、織田信長が元亀元年(1570)に畠山昭高へ宛てた書状の一部です。
関連記事:信長包囲網で信長ピンチ!信長は畿内大名の心を繋ぎとめようと必死だった?
月(つき)のくずし方
最後は「月」です。
前回偏の部でにくづき(つきへん)を取り挙げましたが、今回の「月」は旁に登場するものです。
月のくずしは大きく崩されるのが特徴です。
偏からそのまま一筆で書ききることが多いです。
中には”寺”と全く同じくずし方をする場合もあるので注意が必要です。
なお、「明」のくずし方は前回書きましたので、そちらをご参照ください。
「期」のくずし字
古文書でそれなりの頻度で登場する漢字に「期」という字があります。
偏の部分も大きくくずされる傾向にあるため、一見すると読めないかもしれませんが、漢字一つ一つのくずし方が理解できると、案外普通に読めるものです。
「朝」のくずし字
「朝」のくずしも先ほどの”期”と大きくは変わりません。
しかしながら、こちらも大きくくずされているため、知識が無いと読むことは難しいですね。
なお、一番右の例文は、天正元年(1573)に織田信忠が宛てた書状です。
関連記事:功に焦り!?信忠が信雄に宛てた書状の意味するものとは?
関連記事:書状の封じ目 墨引きの謎の記号「ー ー」は何?①折り紙切封上書編
ご覧いただきありがとうございました!
いくつか代表的な旁を載せてみました。
他にも載せたい旁もあったのですが、今回はここまでとさせていただきます。
少しでも皆様の学習に役に立てたのなら光栄です。
参考文献:
林秀夫(1999)『音訓引 古文書大字叢』柏書房
児玉幸多(1970)『くずし字解読辞典普及版』東京堂出版
中田祝男(1984)『新選古語辞典』小学館
鈴木一雄,外山映次,伊藤博,小池清治(2007)『全訳読解古語辞典 第三版』三省堂
山本博文・堀新・曽根勇二(2013)『戦国大名の古文書 西日本編』柏書房
山本博文,堀新,曽根勇二(2013)『戦国大名の古文書 東日本編』柏書房
など